FC2ブログ

RSS|archives|admin

筥崎宮

2017.09.16 Sat
はこざきぐう
【筥崎宮】
式内社(名神大社)、筑前国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。別称として筥崎八幡宮とも呼ばれる。京都府八幡市の石清水八幡宮、大分県宇佐市の宇佐神宮とともに日本三大八幡宮の一つ。


*所在地
福岡県福岡市東区箱崎1-22-1


*御祭神
※主祭神
おうじんてんのう
・応神天皇(八幡大神)
※配祀神
じんぐうこうごう
・神功皇后(応神天皇の母君)
たまよりひめのみこと
・玉依姫命(海の神、神武天皇の母君)


*御由緒
延喜21年(九二一)6月21日に八幡神の託宣があり、筑前国穂波郡の大分宮を玄界灘に面した土地に移したのに始まる。延長元年(九二三)に現在地に遷座。『延喜式神名帳』には「八幡大菩薩筥崎宮一座」と記載され、名神大社に列している。元寇の際に亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し、神門に「敵国降伏」の扁額が掲げられた。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。

公式ホームページ


267709161151.jpg

267709161153.jpg

267709161154.jpg

267709161156.jpg


◆放生会(毎年9月12日~18日)
命を尊び、海の幸山の幸に感謝する祭り。福岡の三大祭りの一つとされる。ガラス製の音が出る玩具「ちゃんぽん」(ビードロ、ポッペン)が売られる。1kmの参道に各種露店が並ぶ。博多では「梨も柿も放生会」といって親しまれている。なお、一般的には「放生会」は「ほうじょうえ」と読むが、筥崎宮や特に福岡地方では伝統的に「ほうじょうや」と読む。

◆社名の「はこ」の字は円筒状の容器を意味する「筥」が正字であり「箱」ではない。ただし筥崎宮の所在地・駅名などは筥崎宮の「筥崎」では筥崎八幡神に対して恐れ多いという理由から「箱崎」と表記する。

Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

香椎宮

2017.01.08 Sun
かしいぐう
【香椎宮】
勅祭社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。


*所在地
福岡県福岡市東区香椎4-16-1


*御祭神
※主神
ちゅうあいてんのう
・仲哀天皇
じんぐうこうごう
・神功皇后
※配祀
おうじんてんのう
・応神天皇
すみよしおおかみ
・住吉大神


*御由緒
立花山南西麓に鎮座する。古代には神社ではなく霊廟に位置づけられ、仲哀天皇・神功皇后の神霊を祀り「香椎廟(かしいびょう)」や「樫日廟」などと称された。「廟」の名を持つ施設として最古の例であったが、平安時代中頃からは神社化し、類例のない特殊な変遷を辿った。上記のように天皇・皇后の神霊を祀るという性格から、戦前の近代社格制度においては最高位の官幣大社に位置づけられ、現在も勅祭社として10年に一度天皇からの勅使の参向を受ける神社である。境内の社殿のうち、特に本殿は江戸時代後期の再建時のもので、「香椎造(かしいづくり)」と称される独特の構造であり国の重要文化財に指定されている。祭事としては、10年に一度勅祭が斎行されるほか、現在も仲哀天皇・神功皇后の命日に神事が行われている。

公式ホームページ


267701081216.jpeg

267701081218.jpeg

267701081221.jpeg

267701081223.jpeg

267701081224.jpeg

267701081225.jpeg

267701081228.jpeg

267701081229.jpeg


※末社
けいせきじんじゃ
【鷄石神社】

267701081235.jpeg

267701081237.jpeg

267701081239.jpeg


Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

筥崎宮

2016.09.18 Sun
はこざきぐう
【筥崎宮】
式内社(名神大社)、筑前国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。別称として筥崎八幡宮とも呼ばれる。京都府八幡市の石清水八幡宮、大分県宇佐市の宇佐神宮とともに日本三大八幡宮の一つ。


*所在地
福岡県福岡市東区箱崎1-22-1


*御祭神
※主祭神
おうじんてんのう
・応神天皇(八幡大神)
※配祀神
じんぐうこうごう
・神功皇后(応神天皇の母君)
たまよりひめのみこと
・玉依姫命(海の神、神武天皇の母君)


*御由緒
延喜21年(九二一)6月21日に八幡神の託宣があり、筑前国穂波郡の大分宮を玄界灘に面した土地に移したのに始まる。延長元年(九二三)に現在地に遷座。『延喜式神名帳』には「八幡大菩薩筥崎宮一座」と記載され、名神大社に列している。元寇の際に亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し、神門に「敵国降伏」の扁額が掲げられた。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。

公式ホームページ


267609180854.jpg

267609180855.jpg

267609180857.jpg

267609180858.jpg

267609180859.jpg

267609180900.jpg

267609180901.jpg

267609180905.jpg


◆放生会(毎年9月12日~18日)
命を尊び、海の幸山の幸に感謝する祭り。福岡の三大祭りの一つとされる。ガラス製の音が出る玩具「ちゃんぽん」(ビードロ、ポッペン)が売られる。1kmの参道に各種露店が並ぶ。博多では「梨も柿も放生会」といって親しまれている。なお、一般的には「放生会」は「ほうじょうえ」と読むが、筥崎宮や特に福岡地方では伝統的に「ほうじょうや」と読む。

◆社名の「はこ」の字は円筒状の容器を意味する「筥」が正字であり「箱」ではない。ただし筥崎宮の所在地・駅名などは筥崎宮の「筥崎」では筥崎八幡神に対して恐れ多いという理由から「箱崎」と表記する。

Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

香椎宮

2015.10.09 Fri
かしいぐう
【香椎宮】
勅祭社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

*所在地
福岡県福岡市東区香椎4-16-1

*御祭神
※主神
ちゅうあいてんのう
・仲哀天皇
じんぐうこうごう
・神功皇后
※配祀
おうじんてんのう
・応神天皇
すみよしおおかみ
・住吉大神

*御由緒
立花山南西麓に鎮座する。古代には神社ではなく霊廟に位置づけられ、仲哀天皇・神功皇后の神霊を祀り「香椎廟(かしいびょう)」や「樫日廟」などと称された。「廟」の名を持つ施設として最古の例であったが、平安時代中頃からは神社化し、類例のない特殊な変遷を辿った。上記のように天皇・皇后の神霊を祀るという性格から、戦前の近代社格制度においては最高位の官幣大社に位置づけられ、現在も勅祭社として10年に一度天皇からの勅使の参向を受ける神社である。
境内の社殿のうち、特に本殿は江戸時代後期の再建時のもので、「香椎造(かしいづくり)」と称される独特の構造であり国の重要文化財に指定されている。祭事としては、10年に一度勅祭が斎行されるほか、現在も仲哀天皇・神功皇后の命日に神事が行われている。

公式ホームページ

267510091526.jpg

267510091532.jpg

267510091534.jpg

267510091538.jpg

267510091539.jpg

267510091542.jpg

267510091540.jpg

267510091545.jpg

◆十年に一度の勅祭斎行(ちょくさいさいこう)
勅祭と申しますのは、天皇様の御使が、御幣帛を捧持して御参向になり、神前に宣命を奏せられ、勅使が直接御祭儀を執り行われる御祭のことを称するので、現在この様な御社が、伊勢、熱田、明治の各神宮を始め全国に十七社、九州では宇佐神宮と香椎宮の二社でございます。宣命とは、天皇様が神様に申し上げられる祝詞の義で、黄色の鳥ノ子紙に書かれてあります。只今香椎宮に残っております宣命は、延享、文化、元治、そして大正、昭和のものが、官幣送文等と一緒にございます。
香椎宮に勅使が御参向せられた記録は、天平九年四月(737)、新羅の無礼の状を告げ給う為のものが最初であり、続いて天平十三年正月と香椎宮旧記に記されており、毎年の御参向、時には一ヶ月に二度の御参向もあり、これをシキナミの奉幣と申しますが、元応三年(1321)の勅祭中断から、延享元年(1744)勅祭が再興されて以降、甲子の年(60年に一度)が勅使御参向の年と定められ、以後、文化元年(804)・元治元年(1864)と続き、大正十四年の勅祭より10年に一度が勅使参向の年となり、文献によると今日まで108回の勅祭の斎行が確認されております。今でこそ、飛行機でご到着になられるようになりましたが、昔は奈良、京都から百幾拾里の行程を、多くの費用と日数をかけて、お出でになりました。香椎宮での受入れ準備が、これ又大変でした。当時の政府出先機関でありました、太宰府の長官(帥)を始め、国司、郡司、筑前の神職等、揃って御奉仕申し上げ、勅使館の新築、道中の御警固等、香椎廟司(大宮司)を筆頭に社家、神人等が、斎戒沐浴、精誠を抽んでお仕えしたことは勿論でございます。また現在の勅祭「祭式次第」「行事作法」も、古式に則り、皆宮内庁のお許しを得て、福岡県内各神社の神職の方々の助成のもと、厳重に執り行われております。

Theme:神社 | Genre:学問・文化・芸術 |
Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

筥崎宮

2015.09.13 Sun
はこざきぐう
【筥崎宮】
式内社(名神大社)、筑前国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。別称として筥崎八幡宮とも呼ばれる。京都府八幡市の石清水八幡宮、大分県宇佐市の宇佐神宮とともに日本三大八幡宮の一つ。

*所在地
福岡県福岡市東区箱崎1-22-1

*御祭神
※主祭神
おうじんてんのう
・応神天皇(八幡大神)
※配祀神
じんぐうこうごう
・神功皇后(応神天皇の母君)
たまよりひめのみこと
・玉依姫命(海の神、神武天皇の母君)

*御由緒
延喜21年(921)6月21日に八幡神の託宣があり、筑前国穂波郡の大分宮を玄界灘に面した土地に移したのに始まる。延長元年(923)に現在地に遷座。『延喜式神名帳』には「八幡大菩薩筥崎宮一座」と記載され、名神大社に列している。
元寇の際に亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し、神門に「敵国降伏」の扁額が掲げられた。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。

公式ホームページ

267509131205.jpg

267509131207.jpg

267509131218.jpg

267509131224.jpg

267509131225.jpg

◆放生会(毎年9月12日~18日)
命を尊び、海の幸山の幸に感謝する祭り。福岡の三大祭りの一つとされる。ガラス製の音が出る玩具「ちゃんぽん」(ビードロ、ポッペン)が売られる。1kmの参道に各種露店が並ぶ。博多では「梨も柿も放生会」といって親しまれている。なお、一般的には「放生会」は「ほうじょうえ」と読むが、筥崎宮や特に福岡地方では伝統的に「ほうじょうや」と読む。

◆社名の「はこ」の字は円筒状の容器を意味する「筥」が正字であり「箱」ではない。ただし筥崎宮の所在地・駅名などは筥崎宮の「筥崎」では筥崎八幡神に対して恐れ多いという理由から「箱崎」と表記する。

Theme:神社 | Genre:学問・文化・芸術 |
Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

志賀海神社

2014.10.18 Sat
しかうみじんじゃ
【志賀海神社】
式内社(名神大社)

★所在地
福岡県福岡市東区志賀島877

★御祭神
☆左殿
なかつわたつみのかみ
・仲津綿津見神
☆左殿相殿
じんぐうこうごう
・神功皇后
☆中殿
そこつわたつみのかみ
・底津綿津見神
☆中殿相殿
たまよりひめのみこと
・玉依姫命
☆右殿
うはつわたつみのかみ
・表津綿津見神
☆右殿相殿
おうじんてんのう
・応神天皇

★御由緒
古来、玄海灘に臨む交通の要所として聖域視されていた志賀島に鎮座し、「龍の都」「海神の総本社」とたたえられ、海の守護神として篤く信仰されている。御祭神は伊邪那岐命が筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原において禊祓をされた際に、住吉三神と共に御出現された綿津見三神で、神裔阿曇族(しんえいあずみぞく)によって奉斎されている。御祭神が、禊祓で御出現された神であることから不浄を特に嫌い、諸々の穢・厄・災・罪をはらい清め、また、海の主宰神であることから水と塩を支配し、私達の生活の豊凶をも左右する御神威を顕現されている。
当社の創建は明らかではないが、古来、勝馬の地に表津宮・中津宮・沖津宮の三社で奉斎されていた。2世紀(遅くとも4世紀)に表津宮(底津綿津見神)が当地勝山に遷座、あわせて仲津綿津見神・表津綿津見神が奉祀されたと伝えられる。むかしの社殿は壮麗で、末社三七五社、社領五十石有し、奉仕する者も百数十名いたなど繁栄を極めた。社伝には神功皇后の伝説を多く残し、元冦の役など国家の非常の際に嚇々たる御神威を顕示されたことから、社格も貞観元年(859)従五位上、『延喜式』には明神大社、大正15年には官幣小社の処遇をうけている。

201410181346.jpg

201410181349.jpg

201410181351.jpg

201410181352.jpg

201410181353.jpg

201410181354.jpg

★君が代
金印(漢委奴国王印)が見つかった志賀島の志賀海神社で、4月と11月の祭礼(山誉め祭)として以下のような神楽歌として古くから伝わっている。なお、この山誉め祭は民族学的に価値のある神事として福岡県の県指定の無形文化財に指定されている。
<山誉め祭/神楽歌>
君が代<だい>は 千代に八千代に さざれいしの いわおとなりてこけのむすまで あれはや あれこそは 我君のみふねかや うつろうがせ身骸<みがい>に命<いのち> 千歳<せんざい>という 花こそ 咲いたる 沖の御津<おんづ>の汐早にはえたらむ釣尾<つるお>にくわざらむ 鯛は沖のむれんだいほや
志賀の浜 長きを見れば 幾世経らなむ 香椎路に向いたるあの吹上の浜 千代に八千代まで 今宵夜半につき給う 御船こそ たが御船ありけるよ あれはや あれこそは 阿曇の君のめし給う 御船になりけるよ いるかよ いるか 汐早のいるか 磯良<いそら>が崎に 鯛釣るおきな


<摂社>
おきつぐう
【沖津宮】

★所在地
福岡県福岡市東区勝馬(勝馬海水浴場)

★御祭神
うはつわたつみのかみ
・表綿津見神
あめのみなかぬしのかみ
・天之御中主神

★御由緒
古来、志賀島の北西のこの勝馬の地にあった「表津宮」「仲津宮」「沖津宮」の三社の一つ。手前には浅瀬があって、お宮には歩いて行けませんが、大潮の日には潮が引いて歩いて行くことができます。

201410181426.jpg

201410181427.jpg

201410181428.jpg

201410181433.jpg

201410181437.jpg


Theme:神社 | Genre:学問・文化・芸術 |
Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

香椎宮

2014.10.18 Sat
かしいぐう
【香椎宮】
旧官幣大社

「香椎」の名は敷地内に香ばしい香りの「棺懸(かんかけ)の椎」が立っていたことに由来するという。

★所在地
福岡県福岡市東区香椎4-16-1

★御祭神
☆主神
ちゅうあいてんのう
・仲哀天皇
じんぐうこうごう
・神功皇后
☆配祀
おうじんてんのう
・応神天皇
すみよしおおかみ
・住吉大神

★御由緒
香椎宮は仲哀天皇九年(200)、神功皇后躬ら祠を建て、仲哀天皇の神霊を祀給うたのが起源であります。次で、神功皇后の宮は元正天皇の養老七年(723)に皇后御自身の御神託により、朝廷が九州に詔して社殿の造営を創め、聖武天皇の神亀元年(724)に竣工したもので、此の両宮を併せて香椎廟と称しました。明治以来には官幣大社香椎宮、戦後は香椎宮と称しております。

公式ホームページ

201410181226.jpg

201410181227.jpg

201410181228.jpg

201410181235.jpg

201410181236.jpg

201410181237.jpg

201410181238.jpg

201410181239.jpg

201410181240.jpg

201410181241.jpg

201410181242.jpg

201410181243.jpg

201410181245.jpg

201410181246.jpg

全国でもとても歴史が古い神社のひとつです。仲哀天皇9年(200)、神功皇后がこの地で亡くなった夫・仲哀天皇を祀る祠を建てたのが起源とされています。その後、神功皇后、さらにその息子である応神天皇も祀られるようになり、のちに香椎宮と呼ばれるようになりました。
このような由来から皇室とは非常にゆかりの深い神社でもあります。現在でも天皇からのお使いである勅使がお出でになる勅祭が10年に一度行われています。勅祭が行われる神社は伊勢神宮をはじめ全国に17社しかありません。香椎宮ではこれまでに138回の勅祭が行われ、次回は平成27年に勅使が遣わされることになっています。また見事なクスノキが生い茂る参道は「勅使道」と呼ばれ、勅使が通る道として県下165の市町村(当時)が1本ずつクスノキを献上したそうです。
本殿は「香椎造り」と呼ばれる日本ではここだけにしか見られない独特の建築様式。現在の社殿は享和元年(1801)に筑前藩主黒田長順公(後に黒田斉清と改名)が再建したもので、以前はもっと大きな社殿だったそうです。広々とした境内には神功皇后が植えたと伝わる御神木「綾杉」や立派な楼門もあります。また梅雨時に美しい花を咲かせる菖蒲池があり、毎年6月の第2土・日曜には「扇としょうぶ祭」が行われています。
香椎宮にはたくさんの末社がありますが、そのひとつが武内宿禰を祀った武内神社。300年の長寿を保ち、5つの朝廷に仕えたという人物です。その長寿の秘密が香椎宮から歩いて5分ほどの不老水。ここの水を飲んでいたから武内宿禰は長生きだったとされ、不老長寿の霊泉として日本名水百選にも選ばれました。ぜひ香椎宮と一緒に訪れてみてください。

Theme:神社 | Genre:学問・文化・芸術 |
Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

筥崎宮

2014.09.17 Wed
はこざきぐう
【筥崎宮】
式内社(名神大社)

≪開運・勝利の神≫

別称として筥崎八幡宮とも呼ばれる。
大分県宇佐市の宇佐神宮、京都府八幡市の石清水八幡宮とともに日本三大八幡宮の一つ。

★所在地
福岡県福岡市東区箱崎1-22-1

★御祭神
☆主祭神
おうじんてんのう
・応神天皇(八幡大神)
☆配祀神
じんぐうこうごう
・神功皇后(応神天皇の母君)
たまよりひめのみこと
・玉依姫命(海の神、神武天皇の母君)

★御由緒
延喜21年(921)6月21日に八幡神の託宣があり、筑前国穂波郡の大分宮を玄界灘に面した土地に移したのに始まる。延長元年(923)に現在地に遷座。『延喜式神名帳』には「八幡大菩薩筥崎宮一座」と記載され、名神大社に列している。
元寇の際に亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し、神門に「敵国降伏」の扁額が掲げられた。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。

公式ホームページ

201409171144.jpg

201409171149.jpg

201409171152.jpg

201409171159.jpg

201409171200.jpg

201409171201.jpg

201409171202.jpg

201409171203.jpg

201409171204.jpg

【放生会】毎年9月12日~18日
命を尊び、海の幸山の幸に感謝する祭り。福岡の三大祭りの一つとされる。ガラス製の音が出る玩具「ちゃんぽん」(ビードロ、ポッペン)が売られる。1kmの参道に各種露店が並ぶ。博多では「梨も柿も放生会」といって親しまれている。なお、一般的には「放生会」は「ほうじょうえ」と読むが、筥崎宮や特に福岡地方では伝統的に「ほうじょうや」と読む。

Theme:神社 | Genre:学問・文化・芸術 |
Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

筥崎宮

2013.09.14 Sat
筥崎宮(はこざき宮)
式内社(名神大社)

別称として筥崎八幡宮とも呼ばれる。大分県宇佐市の宇佐神宮、京都府八幡市の石清水八幡宮とともに日本三大八幡宮の一つ。

★所在地
福岡県福岡市東区箱崎1-22-1

★御祭神
☆主祭神
・応神天皇(八幡大神)
☆配祀神
・神功皇后(応神天皇の母君)
・玉依姫命(海の神、神武天皇の母君)

★御由緒
延喜21年(921年)6月21日に八幡神の託宣があり、筑前国穂波郡の大分宮を玄界灘に面した土地に移したのに始まる。延長元年(923年)に現在地に遷座。『延喜式神名帳』には「八幡大菩薩筥崎宮一座」と記載され、名神大社に列している。
元寇の際に亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し、神門に「敵国降伏」の扁額が掲げられた。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。

公式ホームページ

<御祭神・由緒>
201309141619.jpg

<お潮井浜>
201309141620.jpg

<お潮井浜>
201309141621.jpg

<お潮井浜>
201309141622.jpg

<大鳥居>
201309141623.jpg

<大鳥居>
201309141626.jpg

<大鳥居>
201309141629.jpg

<二之鳥居>
201309141634.jpg

<一之鳥居>
201309141637.jpg

<楼門>
201309141638.jpg

<楼門>
201309141640.jpg

<楼門>
201309141641.jpg

<拝殿>
201309141642.jpg

<本殿・拝殿>
201309141645.jpg


201309141652.jpg


201309141700.jpg

<仲秋大祭(放生会)9月12日~18日>
放生会(ほうじょうえ)とは、捕獲した魚や鳥獣を野に放し、殺生を戒める宗教儀式である。仏教の戒律である「殺生戒」を元とし、日本では神仏習合によって神道にも取り入れられた。収穫祭・感謝祭の意味も含めて春または秋に全国の寺院や、宇佐神宮(大分県宇佐市)を初めとする全国の八幡宮(八幡神社)で催される。特に福岡県の筥崎宮のもの(筥崎宮では「ほうじょうや」と呼ぶ)や京都府の石清水八幡宮は、それぞれ博多三大祭、三勅祭として、多くの観光客を集める祭儀としても知られている。

Theme:旅日記 | Genre:旅行 |
Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

志賀海神社

2013.06.20 Thu
志賀海神社/しかうみじんじゃ

★所在地
福岡県福岡市東区志賀島877

<御祭神・由緒>
201306201408.jpg


201306201409.jpg


201306201411.jpg


201306201413.jpg


201306201415.jpg


201306201417.jpg


201306201421.jpg


201306201422.jpg


201306201425.jpg


201306201426.jpg


201306201436.jpg

★君が代
金印(漢委奴国王印)が見つかった志賀島の志賀海神社で、4月と11月の祭礼(山誉め祭)として以下のような神楽歌として古くから伝わっている。なお、この山誉め祭は民族学的に価値のある神事として福岡県の県指定の無形文化財に指定されている。

<山誉め祭/神楽歌>
君が代<だい>は 千代に八千代に さざれいしの いわおとなりてこけのむすまで あれはや あれこそは 我君のみふねかや うつろうがせ身骸<みがい>に命<いのち> 千歳<せんざい>という 花こそ 咲いたる 沖の御津<おんづ>の汐早にはえたらむ釣尾<つるお>にくわざらむ 鯛は沖のむれんだいほや
志賀の浜 長きを見れば 幾世経らなむ 香椎路に向いたるあの吹上の浜 千代に八千代まで 今宵夜半につき給う 御船こそ たが御船ありけるよ あれはや あれこそは 阿曇の君のめし給う 御船になりけるよ いるかよ いるか 汐早のいるか 磯良<いそら>が崎に 鯛釣るおきな


Theme:旅日記 | Genre:旅行 |
Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

志賀海神社

2013.02.16 Sat
★所在地
福岡県福岡市東区志賀島877

龍の都とも呼ばれ、全国の綿津見神社、海神社の総本宮(海神の総本社)を称し、代々阿曇氏が祭祀を司る。
「君が代」は、金印(漢委奴国王印)が見つかった志賀島の志賀海神社で4月と11月の祭礼(山誉め祭)として以下のような神楽歌として古くから伝わっている。なお、この山誉め祭は、民族学的に価値のある神事として、福岡県の県指定の無形文化財に指定されている。

<山誉め祭/神楽歌>
君が代<だい>は 千代に八千代に さざれいしの いわおとなりてこけのむすまで あれはや あれこそは 我君のみふねかや うつろうがせ身骸<みがい>に命<いのち> 千歳<せんざい>という 花こそ 咲いたる 沖の御津<おんづ>の汐早にはえたらむ釣尾<つるお>にくわざらむ 鯛は沖のむれんだいほや
志賀の浜 長きを見れば 幾世経らなむ 香椎路に向いたるあの吹上の浜 千代に八千代まで 今宵夜半につき給う 御船こそ たが御船ありけるよ あれはや あれこそは 阿曇の君のめし給う 御船になりけるよ いるかよ いるか 汐早のいるか 磯良<いそら>が崎に 鯛釣るおきな

201302161519.jpg

201302161520.jpg

201302161521.jpg

201302161524.jpg

201302161526.jpg

201302161527.jpg

201302161528.jpg

201302161529.jpg

201302161530.jpg

201302161531.jpg

201302161532.jpg

201302161533.jpg

201302161534.jpg

201302161535.jpg

201302161538.jpg

201302161554.jpg

★祭神
・左殿 仲津綿津見神(なかつわたつみのかみ)
・中殿 底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)
・右殿 表津綿津見神(うはつわたつみのかみ)

★歴史
・創建は明らかではないが、現在の志賀島北部の勝馬地区に古くは三社が建てられていた。
・筑前国風土記に神功皇后が三韓征伐の際に志賀島に立ち寄ったとの記述があり、阿曇氏の祖神である阿曇磯良が舵取りを務めたとされる。
・2世紀から4世紀の間に底津綿津見神を祀る表津宮が島南部の勝山に遷座され、それに併せて仲津綿津見神と表津綿津見神も祀られる。
・貞観元年(859年)に従五位上の位を賜る。
・康保4年(967年)に施行された延喜式神名帳には名神大社と記載。
・中世、末社375社、社領50石、奉仕する者百数十名と繁栄した。
・豊臣秀吉、大内義隆、小早川隆景、小早川秀秋、黒田長政等が寄進。
・今から約350年前、現在の社殿が再興。
・大正15年(1926年)、官幣小社となる。
・平成16年(2004年)、平成の大改修。
・平成17年(2005年)、福岡県西方沖地震により一部損壊する。

古事記・日本書記記述の「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」で誕生された神々及び歴代天皇皇后を祭神とする神社が福岡市から糸島市にかけて存在する。
「伊弉諾尊/いざなぎのみこと」鷲尾愛宕神社。「伊弉冉尊/いざなみのみこと」飯盛神社、鷲尾愛宕神社。「天照大御神/あまてらすおおみかみ」小戸大神宮。「住吉三神/すみよしさんじん」姪浜住吉神社。「志賀三神/しかさんじん」志賀海神社、姪浜住吉神社。「警固三神/けごさんじん」警固神社。「天忍穂耳命/あみのおしほみみ」鷲尾愛宕神社。「栲幡千々姫命/たくはたちぢひめのみこと」小戸大神宮。「瓊々杵尊/ににぎのみこと」雷神社。「木花開耶姫このはなのさくやびめ」細石神社。「彦火火出見尊/ひこほほでみのみこと」高祖神社。「豊玉姫/とよたまひめ」志登神社。「彦波瀲武盧茲草葺不合尊/ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」産宮神社。「神武天皇/じんむてんのう」可也神社。

九州王朝説

Theme:神社仏閣 | Genre:学問・文化・芸術 |
Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

香椎宮

2013.02.16 Sat
旧官幣大社

「香椎」の名は敷地内に香ばしい香りの「棺懸(かんかけ)の椎」が立っていたことに由来するという。

★所在地
福岡県福岡市東区香椎4-16-1

★御祭神
☆主神
ちゅうあいてんのう
・仲哀天皇
じんぐうこうごう
・神功皇后
☆配祀
おうじんてんのう
・応神天皇
すみよしおおかみ
・住吉大神

★御由緒
香椎宮は仲哀天皇九年(200)、神功皇后躬ら祠を建て、仲哀天皇の神霊を祀給うたのが起源であります。次で、神功皇后の宮は元正天皇の養老七年(723)に皇后御自身の御神託により、朝廷が九州に詔して社殿の造営を創め、聖武天皇の神亀元年(724)に竣工したもので、此の両宮を併せて香椎廟と称しました。明治以来には官幣大社香椎宮、戦後は香椎宮と称しております。

公式ホームページ

201302161324.jpg

201302161325.jpg

201302161326.jpg

201302161336.jpg

201302161339.jpg

201302161340.jpg

201302161341.jpg

201302161429.jpg

201302161433.jpg

全国でもとても歴史が古い神社のひとつです。仲哀天皇9年(200)、神功皇后がこの地で亡くなった夫・仲哀天皇を祀る祠を建てたのが起源とされています。その後、神功皇后、さらにその息子である応神天皇も祀られるようになり、のちに香椎宮と呼ばれるようになりました。
このような由来から皇室とは非常にゆかりの深い神社でもあります。現在でも天皇からのお使いである勅使がお出でになる勅祭が10年に一度行われています。勅祭が行われる神社は伊勢神宮をはじめ全国に17社しかありません。香椎宮ではこれまでに138回の勅祭が行われ、次回は平成27年に勅使が遣わされることになっています。また見事なクスノキが生い茂る参道は「勅使道」と呼ばれ、勅使が通る道として県下165の市町村(当時)が1本ずつクスノキを献上したそうです。
本殿は「香椎造り」と呼ばれる日本ではここだけにしか見られない独特の建築様式。現在の社殿は享和元年(1801)に筑前藩主黒田長順公(後に黒田斉清と改名)が再建したもので、以前はもっと大きな社殿だったそうです。広々とした境内には神功皇后が植えたと伝わる御神木「綾杉」や立派な楼門もあります。また梅雨時に美しい花を咲かせる菖蒲池があり、毎年6月の第2土・日曜には「扇としょうぶ祭」が行われています。
香椎宮にはたくさんの末社がありますが、そのひとつが武内宿禰を祀った武内神社。300年の長寿を保ち、5つの朝廷に仕えたという人物です。その長寿の秘密が香椎宮から歩いて5分ほどの不老水。ここの水を飲んでいたから武内宿禰は長生きだったとされ、不老長寿の霊泉として日本名水百選にも選ばれました。ぜひ香椎宮と一緒に訪れてみてください。

Theme:神社仏閣 | Genre:学問・文化・芸術 |
Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

筥崎宮

2012.09.17 Mon
筥崎宮(はこざき宮)
式内社(名神大社)

別称として筥崎八幡宮とも呼ばれる。大分県宇佐市の宇佐神宮、京都府八幡市の石清水八幡宮とともに日本三大八幡宮の一つ。

★所在地
福岡県福岡市東区箱崎1-22-1

★御祭神
☆主祭神
・応神天皇(八幡大神)
☆配祀神
・神功皇后(応神天皇の母君)
・玉依姫命(海の神、神武天皇の母君)

★御由緒
延喜21年(921年)6月21日に八幡神の託宣があり、筑前国穂波郡の大分宮を玄界灘に面した土地に移したのに始まる。延長元年(923年)に現在地に遷座。『延喜式神名帳』には「八幡大菩薩筥崎宮一座」と記載され、名神大社に列している。
元寇の際に亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し、神門に「敵国降伏」の扁額が掲げられた。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。

公式ホームページ

201209171638.jpg

<亀山上皇の御尊像(木彫像)>
201209171645.jpg

<仲秋大祭(放生会)9月12日~18日>
放生会(ほうじょうえ)とは、捕獲した魚や鳥獣を野に放し、殺生を戒める宗教儀式である。仏教の戒律である「殺生戒」を元とし、日本では神仏習合によって神道にも取り入れられた。収穫祭・感謝祭の意味も含めて春または秋に全国の寺院や、宇佐神宮(大分県宇佐市)を初めとする全国の八幡宮(八幡神社)で催される。特に福岡県の筥崎宮のもの(筥崎宮では「ほうじょうや」と呼ぶ)や京都府の石清水八幡宮は、それぞれ博多三大祭、三勅祭として、多くの観光客を集める祭儀としても知られている。

Theme:神社仏閣 | Genre:学問・文化・芸術 |
Category:福岡市東区 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |