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筑紫神社

2013.12.08 Sun
筑紫神社

式内社(名神大社)で、旧社格は県社。

★所在地
福岡県筑紫野市原田2550

★御祭神
・筑紫の神(つくしのかみ)/筑紫の国魂
・玉依姫命(たまよりひめのみこと)/後世に竈門神社から勧請
・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)/後世の合祀

★御由緒
創建は不詳。元々は城山山頂に祀られていたが麓に移されたという説、当初から現在地にあったという説がある。「筑紫」の名称は、九州を「筑紫嶋」(『古事記』)・「筑紫州」(『日本書紀』)といったように広義では九州全体も指したが、狭義では当社周辺の地名を指すとされる。考古学的には、当地周辺の背振山地東部の低丘陵地は、弥生時代中期には甕棺墓の分布中心部、後期には青銅器生産の中心地であった。国史の初見は貞観元年(859年)に従四位下の神階奉授を受けたという記事で、元慶3年(879年)には従四位上に昇叙された。平安時代中期の『延喜式神名帳』には「筑前国御笠郡 筑紫神社 名神大」と記載され、名神大社に列している。また、天元2年(979年)の官符には住吉神社・香椎宮・筑紫神社・竈門神社・筥崎宮に大宮司職を置くという記事があり、他の大社と同列での扱いがうかがわれる。鎌倉時代からは、当地の地頭職にあった筑紫氏が社司を兼ねたという。その後、戦国時代の兵火によって社殿・古文書が焼失し荒廃したという。江戸時代に入り、復興が図られ社殿の再建が行なわれていった。近代社格制度では、明治5年(1872年)に郷社に列したが、郡区画改正で村社になり、明治14年(1881年)に再び郷社に、そして大正4年(1915年)に県社に昇格した。

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<五所神社>
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<五所神社>
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粥占祭は、当社に古くから伝わる伝統神事であり、二月十五日に炊いた粥を鉢(文化二年造)に盛って神前に納め、三月十五日に粥面に生えたカビの色合いと毛草によりその年の作物および風水病害の判断をするものである。筑紫野市無形民俗文化財に認定されている。

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