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三柱神社

2018.01.02 Tue
みはしらじんじゃ
【三柱神社】


*所在地
福岡県柳川市三橋町高畑323-1


*御祭神
・松陰霊神(初代藩主 立花宗茂公)
・梅岳霊神(岳父 戸次道雪公)
・瑞玉霊神(宗茂室 誾千代姫君)


*御由緒
三柱神社の名称は、祭神として戸次道雪、立花宗茂、道雪の娘にして宗茂の妻の誾千代の三体の神が祀られていることからきています。しかしながら、最初からこの三体の祭神が一所に祀られていたわけではありません。三柱神社に祀られる以前、道雪は天明三年(一七八三)に梅岳霊神の神号を贈られ、三の丸長久寺の中の梅岳宮に、宗茂と誾千代は日吉神社の近くにあった唯一宮にそれぞれ祀られていました。文政三年(一八二〇)、宗茂に松陰霊神、誾千代に瑞玉霊神の神号が贈神され、さらに同六年(一八二三)、松陰霊神と瑞玉霊神が梅岳宮に遷宮合祀され三柱神社となりました。しかし、それまであった梅岳宮に合祀するのでは一藩の宗廟としては規模が小さいということで、文政九年(一八二六)に高畑の地に新宮が造営されました。同年八月一六日新たにできた三柱神社への遷宮が執り行われますが、このとき、藩主は装束にて参詣し、武士や足軽や扶持人・町人達は神幸の行列を見物することが許されました。平成一七年六月三日火災により拝殿、廻廊が全焼、楼門も一部焼けるなどの被害がでましたが、幸いにして本殿は延焼を免れました。


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沖端水天宮

2017.05.04 Thu
おきのはたすいてんぐう
【沖端水天宮】
水郷柳川。川下り、うなぎセイロ料理で有名な福岡県柳川市矢留地区に鎮座。


*所在地
福岡県柳川市稲荷町


*御祭神
あんとくてんのう
・安徳天皇


*御由緒
沖端水天宮は、明治2年に久留米水天宮から勧請され、同地区内にあった稲荷神社、弥剣神社(祇園社)の3社を合祀したもので、地元では「水天宮さん」と呼ばれています。本社格である久留米水天宮は、平家没落後、建礼門院に仕えていた侍女伊勢局が、安徳天皇の御霊を鎮め祭ったものだと伝えられています。沖端は旧藩時代から長崎・天草との交流の港として栄え、文化経済の交流が盛んだったので、古典的な囃子に異国情緒豊かなオランダ風の調子が交ざり合ったと言われています。この祭りの形式は文化年間(1804~1818)に祇園祭として奉納したことに始まるとされています。このころはお宮の前に町内から小舟3隻を出し、1隻には御輿、2隻にお囃子を乗せ、お宮から立花屋敷まで行ったり来たりしていたということです。水天宮として合祀されてからは3隻2列計6隻の船をつないだ舟舞台となり「三神丸」と名付けられました。また、沖端の青年たちが御輿を担いで町内を回る「御神幸行列」も行われます。この御輿の下をくぐると無病息災を得られ、水難を逃れると言われています。

公式ホームページ


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【沖端水天宮大祭】
5月3、4、5日、沖端の掘割一体で行われます。観光としての水天宮祭りは朝、日中は特に行事はありません。環状になった水天宮周りのお堀に立ち並ぶ縁日の屋台を楽しみ、沖端水天宮周りを散策されてください。三日間の夕刻6時~10時の間に見れる演劇、お囃子演奏がこのお祭りの見所になります。

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三柱神社

2017.01.02 Mon
みはしらじんじゃ
【三柱神社】


*所在地
福岡県柳川市三橋町高畑323-1


*御祭神
・松陰霊神(初代藩主 立花宗茂公)
・梅岳霊神(岳父 戸次道雪公)
・瑞玉霊神(宗茂室 誾千代姫君)


*御由緒
三柱神社の名称は、祭神として戸次道雪、立花宗茂、道雪の娘にして宗茂の妻の誾千代の三体の神が祀られていることからきています。しかしながら、最初からこの三体の祭神が一所に祀られていたわけではありません。三柱神社に祀られる以前、道雪は天明三年(一七八三)に梅岳霊神の神号を贈られ、三の丸長久寺の中の梅岳宮に、宗茂と誾千代は日吉神社の近くにあった唯一宮にそれぞれ祀られていました。文政三年(一八二〇)、宗茂に松陰霊神、誾千代に瑞玉霊神の神号が贈神され、さらに同六年(一八二三)、松陰霊神と瑞玉霊神が梅岳宮に遷宮合祀され三柱神社となりました。しかし、それまであった梅岳宮に合祀するのでは一藩の宗廟としては規模が小さいということで、文政九年(一八二六)に高畑の地に新宮が造営されました。同年八月一六日新たにできた三柱神社への遷宮が執り行われますが、このとき、藩主は装束にて参詣し、武士や足軽や扶持人・町人達は神幸の行列を見物することが許されました。平成一七年六月三日火災により拝殿、廻廊が全焼、楼門も一部焼けるなどの被害がでましたが、幸いにして本殿は延焼を免れました。


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沖端水天宮

2016.05.02 Mon
おきのはたすいてんぐう
【沖端水天宮】
水郷柳川。川下り、うなぎセイロ料理で有名な福岡県柳川市矢留地区に鎮座。

*所在地
福岡県柳川市稲荷町

*御祭神
あんとくてんのう
・安徳天皇

*御由緒
沖端水天宮は、明治2年に久留米水天宮から勧請され、同地区内にあった稲荷神社、弥剣神社(祇園社)の3社を合祀したもので、地元では「水天宮さん」と呼ばれています。本社格である久留米水天宮は、平家没落後、建礼門院に仕えていた侍女伊勢局が、安徳天皇の御霊を鎮め祭ったものだと伝えられています。沖端は旧藩時代から長崎・天草との交流の港として栄え、文化経済の交流が盛んだったので、古典的な囃子に異国情緒豊かなオランダ風の調子が交ざり合ったと言われています。この祭りの形式は文化年間(1804~1818)に祇園祭として奉納したことに始まるとされています。このころはお宮の前に町内から小舟3隻を出し、1隻には御輿、2隻にお囃子を乗せ、お宮から立花屋敷まで行ったり来たりしていたということです。水天宮として合祀されてからは3隻2列計6隻の船をつないだ舟舞台となり「三神丸」と名付けられました。また、沖端の青年たちが御輿を担いで町内を回る「御神幸行列」も行われます。この御輿の下をくぐると無病息災を得られ、水難を逃れると言われています。

公式ホームページ

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三柱神社

2015.01.02 Fri
みはしらじんじゃ
【三柱神社】

★所在地
福岡県柳川市三橋町高畑323-1

★御祭神
・松陰霊神(初代藩主 立花宗茂公)
・梅岳霊神(岳父 戸次道雪公)
・瑞玉霊神(宗茂室 誾千代姫君)

★御由緒
三柱神社の名称は、祭神として戸次道雪、立花宗茂、道雪の娘にして宗茂の妻の誾千代の三体の神が祀られていることからきています。しかしながら、最初からこの三体の祭神が一所に祀られていたわけではありません。三柱神社に祀られる以前、道雪は天明3年(1783)に梅岳霊神の神号を贈られ、三の丸長久寺の中の梅岳宮に、宗茂と誾千代は日吉神社の近くにあった唯一宮にそれぞれ祀られていました。文政3年(1820)、宗茂に松陰霊神、誾千代に瑞玉霊神の神号が贈神され、さらに同6年(1823)、松陰霊神と瑞玉霊神が梅岳宮に遷宮合祀され三柱神社となりました。しかし、それまであった梅岳宮に合祀するのでは一藩の宗廟としては規模が小さいということで、文政9年(1826)に高畑の地に新宮が造営されました。同年8月16日新たにできた三柱神社への遷宮が執り行われますが、このとき、藩主は装束にて参詣し、武士や足軽や扶持人・町人達は神幸の行列を見物することが許されました。

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日吉神社

2015.01.02 Fri
ひえじんじゃ、ひよしじんじゃ
【日吉神社】

★所在地
福岡県柳川市坂本町7

★御祭神
おおやまくいのかみ、おほやまくひのかみ
・大山咋神

★御由緒
柳川地方に古くより「山王さん」の名で親しまれている日吉神社は、伏見天皇の正応3年(1290)に近江国坂本に鎮座の日吉神社の御分霊を現在地にお祀りしたのが始まりと伝えられ、山王宮又は山王大権現とも呼ばれています。御祭神は大山咋神で地主の神として、古来より魔除、厄祓の御神徳あり、万福招来、繁昌、満足を授けると言われています。その後数百年を経て、柳川城主、蒲池治久公-立花宗茂公-田中吉政公、立花藩代々の城主の信仰厚く柳川城鬼門の守護神として、又郷土の総氏神として、藩民挙って崇敬し奉ったのであります。社殿は元禄九年立花鑑虎公祈願成就によって再建され、当地方最古の建物と称されております。その後昭和五十年鎮座七百年を記念し神殿、拝殿の一部を修復しましたが、近年神殿の老化頓に進み、このたび神殿銅板総葺替、諸社の大修復を行いました。ここに竣工に当り、氏子崇敬者の御寄進を神前に敬供し、御芳名を裏面に留め、日吉大神の御神徳を景仰し、永久に神社の御隆昌と郷土、氏子崇敬者の御繁栄を祈念し、聊か当社の沿革を申し述べ、後世に伝えることと致します。

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三柱神社

2014.08.15 Fri
みはしらじんじゃ
【三柱神社】

★所在地
福岡県柳川市三橋町高畑323-1

★御祭神
・松陰霊神(初代藩主 立花宗茂公)
・梅岳霊神(岳父 戸次道雪公)
・瑞玉霊神(宗茂室 誾千代姫君)

★御由緒
三柱神社の名称は、祭神として戸次道雪、立花宗茂、道雪の娘にして宗茂の妻の誾千代の三体の神が祀られていることからきています。しかしながら、最初からこの三体の祭神が一所に祀られていたわけではありません。三柱神社に祀られる以前、道雪は天明3年(1783)に梅岳霊神の神号を贈られ、三の丸長久寺の中の梅岳宮に、宗茂と誾千代は日吉神社の近くにあった唯一宮にそれぞれ祀られていました。文政3年(1820)、宗茂に松陰霊神、誾千代に瑞玉霊神の神号が贈神され、さらに同6年(1823)、松陰霊神と瑞玉霊神が梅岳宮に遷宮合祀され三柱神社となりました。しかし、それまであった梅岳宮に合祀するのでは一藩の宗廟としては規模が小さいということで、文政9年(1826)に高畑の地に新宮が造営されました。同年8月16日新たにできた三柱神社への遷宮が執り行われますが、このとき、藩主は装束にて参詣し、武士や足軽や扶持人・町人達は神幸の行列を見物することが許されました。

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去る、平成十七年六月三日、当三柱神社におきましては放火による火災にて拝殿を始め回廊、楼門、唐門等と各所全焼という甚大な被害を蒙りました。

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やながわごこくじんじゃ
【柳川護國神社】

★御祭神
・柳川市、山門郡、三池郡出身の総ての御英霊(四三一九柱)

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六騎・矢留大神宮

2014.05.05 Mon
ろっきゅう・やどみだいじんぐう
六騎・矢留大神宮

単に大神宮とも呼ばれる。
両社併記の六騎・矢留大神宮と表されることもある。

★所在地
福岡県柳川市矢留町25

★御祭神
☆天照皇大神
☆六騎(壇ノ浦で敗北した平家一族)
・難波善長(平益信)
・加藤藤内(平正勝)
・是永多七(平政直)
・浦川天ケ左衛門(平高矩)
・鳴神藤助(平親英)
・若宮兵七(平清貞)

★御由緒
1185年壇ノ浦で敗れた平家の落人は、肥後路へ逃避しました。しかし、源氏の追及は厳しく、落武者6名(難波善長、加藤権内、浦川天ヶ左衛門、鳴神藤助、是永多七、若宮兵七)は、柳川沖端に移り住み漁業をはじめたといわれています。当時の人々は平家の身分の高い人たちとして、6名の騎馬武者の意味で「六騎」と称していました。立花宗茂公が柳川城に復帰すると、有明海の「漁業権」を得て活動するようになりました。こうして「六騎」が沖端漁業の基礎を築いたので漁業者のことを「六騎」と呼ぶようになりました。また産土神(氏神)をまつることに気づいた「六騎」の一人は伊勢に参り、半鏡を授かった。するともまもなく、この矢留の地から半鏡が発見されたので、伊勢大神宮から授かった半鏡とつなぎ合せてみると、不思議なことに一致し、これは大神宮様のお授けになったものであるとして、天照大神を奉祀したのが矢留大神宮です。時は1395年11月15日でした。
六騎神社は、矢留大神宮の境内に明治30年10月に創建された。
毎年11月15日、矢留大神宮、六騎神社の大祭が行われます。

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周辺には、白秋詩碑苑(北原白秋「帰去来」詩碑)や矢留小学校(北原白秋の母校)がある。

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沖端水天宮

2014.05.05 Mon
おきのはたすいてんぐう
沖端水天宮

<<水郷柳川>>
川下り、うなぎセイロ料理で有名な福岡県柳川市矢留地区に鎮座。

★所在地
福岡県柳川市稲荷町

★御祭神
・安徳天皇

★御由緒
沖端水天宮は、明治2年に久留米水天宮から勧請され、同地区内にあった稲荷神社、弥剣神社(祇園社)の3社を合祀したもので、地元では「水天宮さん」と呼ばれています。本社格である久留米水天宮は、平家没落後、建礼門院に仕えていた侍女伊勢局が、安徳天皇の御霊を鎮め祭ったものだと伝えられています。沖端は旧藩時代から長崎・天草との交流の港として栄え、文化経済の交流が盛んだったので、古典的な囃子に異国情緒豊かなオランダ風の調子が交ざり合ったと言われています。この祭りの形式は文化年間(1804~1818)に祇園祭として奉納したことに始まるとされています。このころはお宮の前に町内から小舟3隻を出し、1隻には御輿、2隻にお囃子を乗せ、お宮から立花屋敷まで行ったり来たりしていたということです。水天宮として合祀されてからは3隻2列計6隻の船をつないだ舟舞台となり「三神丸」と名付けられました。また、沖端の青年たちが御輿を担いで町内を回る「御神幸行列」も行われます。この御輿の下をくぐると無病息災を得られ、水難を逃れると言われています。

公式ホームページ

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沖端水天宮の祭りは、5月3日から5日までの3日間。夏場に多くなる水難事故を防ぐため行われています。この祭りのときに木製のひょうたんの形をした水難事故防止のお守りが販売されています。子どもたちが泳ぐときにこのお守りを首から提げていました。水と子どもの守護、水難除けのほかにも水の恵、農業、海の恵、漁業、水商売、子授かり、安産の御利益があるとされています。

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三柱神社

2014.01.02 Thu
みはしらじんじゃ
三柱神社

★所在地
福岡県柳川市三橋町高畑323-1

★御祭神
・松陰霊神(初代藩主 立花宗茂公)
・梅岳霊神(岳父 戸次道雪公)
・瑞玉霊神(宗茂室 誾千代姫君)

★御由緒
三柱神社の名称は、祭神として戸次道雪、立花宗茂、道雪の娘にして宗茂の妻の誾千代の三体の神が祀られていることからきています。しかしながら、最初からこの三体の祭神が一所に祀られていたわけではありません。三柱神社に祀られる以前、道雪は天明3年(1783年)に梅岳霊神の神号を贈られ、三の丸長久寺の中の梅岳宮に、宗茂と誾千代は日吉神社の近くにあった唯一宮にそれぞれ祀られていました。文政3年(1820年)、宗茂に松陰霊神、誾千代に瑞玉霊神の神号が贈神され、さらに同6年(1823年)、松陰霊神と瑞玉霊神が梅岳宮に遷宮合祀され三柱神社となりました。しかし、それまであった梅岳宮に合祀するのでは一藩の宗廟としては規模が小さいということで、文政9年(1826年)に高畑の地に新宮が造営されました。同年8月16日新たにできた三柱神社への遷宮が執り行われますが、このとき、藩主は装束にて参詣し、武士や足軽や扶持人・町人達は神幸の行列を見物することが許されました。

<川下り>
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<水天宮>
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<水天宮>
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<道了神社>
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<道了神社>
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<柳川護国神社>
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<柳川護国神社>
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<柳川護国神社>
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平成17年6月3日火災により拝殿、廻廊が全焼、楼門も一部焼けるなどの被害がでましたが、幸いにして本殿は延焼を免れました。

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日吉神社

2014.01.01 Wed
★所在地
福岡県柳川市坂本町7

★御祭神
大山咋神(おおやまくいのかみ、おほやまくひのかみ)

★御由緒
柳川地方に古くより「山王さん」の名で親しまれている日吉神社は、伏見天皇の正応3年(1290年)に近江国坂本に鎮座の日吉神社の御分霊を現在地にお祀りしたのが始まりと伝えられ、山王宮又は山王大権現とも呼ばれています。御祭神は大山咋神で地主の神として、古来より魔除、厄祓の御神徳あり、万福招来、繁昌、満足を授けると言われています。その後数百年を経て、柳川城主、蒲池治久公-立花宗茂公-田中吉政公、立花藩代々の城主の信仰厚く柳川城鬼門の守護神として、又郷土の総氏神として、藩民挙って崇敬し奉ったのであります。社殿は元禄九年立花鑑虎公祈願成就によって再建され、当地方最古の建物と称されております。その後昭和五十年鎮座七百年を記念し神殿、拝殿の一部を修復しましたが、近年神殿の老化頓に進み、このたび神殿銅板総葺替、諸社の大修復を行いました。ここに竣工に当り、氏子崇敬者の御寄進を神前に敬供し、御芳名を裏面に留め、日吉大神の御神徳を景仰し、永久に神社の御隆昌と郷土、氏子崇敬者の御繁栄を祈念し、聊か当社の沿革を申し述べ、後世に伝えることと致します。

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六騎・矢留大神宮

2013.05.04 Sat
★所在地
福岡県柳川市矢留町25

<御祭神>
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<御由緒>
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<御由緒>
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沖端水天宮

2013.05.04 Sat
★所在地
福岡県柳川市稲荷町

公式ホームページ

<御由緒>
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日吉神社

2013.01.02 Wed
★所在地
福岡県柳川市坂本町7

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★祭神
大山咋神(おおやまくいのかみ、おほやまくひのかみ)

★歴史
柳川地方に古くより「山王さん」の名で親しまれている日吉神社は、伏見天皇の正応3年(1290年)に近江国坂本に鎮座の日吉神社の御分霊を現在地にお祀りしたのが始まりと伝えられ、山王宮又は山王大権現とも呼ばれています。
御祭神は大山咋神で地主の神として、古来より魔除、厄祓の御神徳あり、万福招来、繁昌、満足を授けると言われています。
その後数百年を経て、柳川城主、蒲池治久公-立花宗茂公-田中吉政公、立花藩代々の城主の信仰厚く柳川城鬼門の守護神として、又郷土の総氏神として、藩民挙って崇敬し奉ったのであります。
社殿は元禄九年立花鑑虎公祈願成就によって再建され、当地方最古の建物と称されております。
その後昭和五十年鎮座七百年を記念し神殿、拝殿の一部を修復しましたが、近年神殿の老化頓に進み、このたび神殿銅板総葺替、諸社の大修復を行いました。
ここに竣工に当り、氏子崇敬者の御寄進を神前に敬供し、御芳名を裏面に留め、日吉大神の御神徳を景仰し、永久に神社の御隆昌と郷土、氏子崇敬者の御繁栄を祈念し、聊か当社の沿革を申し述べ、後世に伝えることと致します。
<昭和六十一年十月吉日 柳川総鎮守 日吉神社>

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沖端水天宮

2013.01.02 Wed
★所在地
福岡県柳川市稲荷町

公式ホームページ

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三柱神社

2013.01.01 Tue
★所在地
福岡県柳川市三橋町高畑323-1

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★祭神
松陰霊神(初代藩主 立花宗茂公)
梅岳霊神(岳父 戸次道雪公)
瑞玉霊神(宗茂室 誾千代姫君)

★歴史
三柱神社の名称は、祭神として戸次道雪、立花宗茂、道雪の娘にして宗茂の妻の誾千代の三体の神が祀られていることからきています。しかしながら、最初からこの三体の祭神が一所に祀られていたわけではありません。三柱神社に祀られる以前、道雪は天明3(1783)年に梅岳霊神の神号を贈られ、三の丸長久寺の中の梅岳宮に、宗茂と誾千代は日吉神社の近くにあった唯一宮にそれぞれ祀られていました。文政3(1820)年、宗茂に松陰霊神、誾千代に瑞玉霊神の神号が贈神され、さらに同6(1823)年、松陰霊神と瑞玉霊神が梅岳宮に遷宮合祀され三柱神社となりました。しかし、それまであった梅岳宮に合祀するのでは一藩の宗廟としては規模が小さいということで、文政9(1826)年に高畑の地に新宮が造営されました。同年8月16日新たにできた三柱神社への遷宮が執り行われますが、このとき、藩主は装束にて参詣し、武士や足軽や扶持人・町人達は神幸の行列を見物することが許されました。
平成17年6月3日火災により拝殿、廻廊が全焼、楼門も一部焼けるなどの被害がでましたが、幸いにして本殿は延焼を免れました。

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