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金龍の滝

2015.05.19 Tue
きんりゅうのたき
【金龍の滝】

*所在地
熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽2331(垂玉温泉)

高さ60mの断崖から落下しているこの滝は、その名のとおり夕陽に映えてあたかも金色の竜が昇天する様が連想される。紅葉の名所です。

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たるたまおんせん
【垂玉温泉】

*泉質
単純硫化水素泉

創業は江戸時代末期の文化年間。明治40年(1907)には与謝野鉄幹、北原白秋、吉井勇、木下杢太郎、平野万里ら、紀行文「五足の靴」を記した5人が当温泉に宿泊している。昭和61年までは湯治客向けの自炊部もあったが、現在は旅館部のみの営業である。
一軒宿の温泉ということになっているが、実際にはすぐ隣に地獄温泉があるので、あまり一軒宿という印象はないが、源泉が異なるため別の温泉として扱われている。なお、山口旅館と地獄温泉の清風荘は宿泊者を対象に、温泉の相互利用を認めているため、宿泊旅館のフロントで入浴券を入手することにより、相手側の全ての浴場を巡ることができる。

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数鹿流ヶ滝

2013.07.06 Sat
日本の滝百選

★所在地
阿蘇郡南阿蘇村立野

<数鹿流ヶ滝/すがるがたき>
阿蘇山の外輪山の西部の切れ目に位置する。黒川水域の滝で、黒川が白川に合流する地点の少し上流にある。現地の案内板によれば、落差60m、滝幅20m、滝壷の広さ2,970m²となっている。国道57号と国道325号の合流点にある阿蘇大橋より滝が眺望できる。
神話の伝説では、健磐龍命(タケイワタツノミコト、阿蘇大明神)がカルデラ湖となっていた阿蘇に田畑を造るため、外輪山を蹴破った。そこに滝が出来た。この時に、鹿が数頭流され「数鹿流ヶ滝」と呼ばれるようになったと言われる。
もう一つの伝承として、鎌倉時代初期の建久2年(1191年)阿蘇氏が「下野の狩り」と呼ばれる巻狩を行った。この巻狩の際に、追い詰められた鹿が逃げ場を失い数頭が滝に落ちて流された。このため、この滝は「数鹿流ヶ滝」と呼ばれるようになったというものがある。この巻狩は建久4 年(1193年)に行われた「富士の巻狩り」の手本となったとされる。

<御由来>
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金龍の滝

2013.07.06 Sat
★所在地
熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽2331(垂玉温泉)横

高さ60mの断崖から落下しているこの滝は、その名のとおり夕陽に映えてあたかも金色の竜が昇天する様が連想される。紅葉の名所です。

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長野阿蘇神社

2013.07.06 Sat
長野阿蘇神社/ながのあそじんじゃ

神楽殿では毎年5月中旬には春の大祭、10月下旬には秋の大祭が行われる。無形民俗文化財に指定いされている長野岩戸神楽は、300年以上続く伝統芸能で毎月第二日曜日日公演が行われている。

★所在地
熊本県阿蘇郡南阿蘇村長野542(神楽の里公園)

<御祭神・由緒>
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★地獄温泉
清風荘

地獄温泉には、全部で5つの湯があります。地獄温泉を代表する「すずめの湯」をはじめ、「元湯」「新湯」「露天岩風呂」「仇討の湯」が施設内に点在しています。年中ほぼ毎日ご入浴に来られるお客様が絶える事のないほど、湯治として古くから愛されております。古い施設ではありますが、その一つ一つの傷や変色している木材などが、その長い年月を経て数え切れぬほどの人々が癒されてきた「証」と誇りに思っております。
江戸時代は熊本細川藩の藩士しか入浴が許されていなかったという格式を誇る。また、入浴が許された藩士も帯刀を義務付けられるなど、数々の掟があった。清風荘の本館(旧館)玄関には当時の掟書が展示されている。

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