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二見ヶ浦

2016.07.02 Sat
ふたみがうら
【二見ヶ浦】
福岡県の名勝「日本の渚百選」「日本の夕陽百選」。
伊勢の二見浦に似て夫婦岩のある海岸が、元の二見浦にちなんで同じ名で呼ばれるようになったもの。伊勢の二見浦の朝日に対して夕日の筑前二見ヶ浦として有名で、夏至の頃に夫婦岩の間に沈む夕日の景観はまた格別 です。

*所在地
福岡県糸島市志摩桜井
ここは市の北部に位置し、夫婦岩は海岸から約150mの海中に屹立しています。

*御祭神
いざなぎのみこと
・伊弉諾命
いざなみのみこと
・伊弉冉命

*御由緒
二見ヶ浦は櫻井神社の宇良宮として、伊弉諾命と、伊弉冉命をお祀りしております。寛永6年(1629)のご神宣に『わが邦、神の末より海と人との通路を断ちて二千余年を経たり、今故ありてここに現ず、岩戸は海の宮の通路なり、正直を心として謀計を断ち清浄にしてわれに仕えなば、禍を除き安穏ならしめんとなり』とあります。簡単に申しますと『日本は神代の末の時代より、海と人とのみちを断ち二千年以上経ちました。だから、神様は見ることは出来ません。岩戸宮は海の神様へ繋がるみちです。正直な心を持って、人をだましたりせず、清浄な心で、信仰するならば、災いを取り除き、平穏な暮らしを約束します。』まさに、人々が実践しなければならない『みち』であります。

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毎年5月の大潮の干潮を期して長さ30m、重さ1トンの大注連縄が張られています。この2つの岩は、高さ11.2mと11.8mで、冬は玄界灘の荒波を砕いて雄大剛壮の観を呈し、春は波穏やかな海中に夫婦の姿を現し、古くは竜宮の入口として親しまれていました。

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櫻井神社

2016.07.02 Sat
さくらいじんじゃ
【櫻井神社】
桧皮葺きの屋根が特徴の三間社流造(さんげんやしろながれづくり)の本殿には豪華で美しい極彩色の彫刻が施され、拝殿、楼門ともに福岡県の文化財に指定されています。本殿の真後ろには「岩戸宮」、参道の左手の石段を登ると、伊勢神宮の内宮と外宮を一体化した神明造りの「桜井大神宮」も。静寂に包まれ神聖な気持ちになれるスポットとして、多くの人が訪れています。

*所在地
福岡県糸島市志摩桜井4227

*御祭神
かむなおひのかみ
・神直日神
おおなおひのかみ
・大直日神
やそまがつひのかみ
・八十枉津日神
古事記・日本書紀によりますと、伊弉諾命が黄泉の国にいる伊弉冉命に会いに行き、その際に黄泉の国で穢れを受けたため、その穢れを祓うために禊を行いました。その時に最初にお生まれになったのが八十枉津日神であり、災厄を司る神様であります。そして次にお生まれになった神様が神直日神・大直日神で、災厄を祓い清める神様であります。当社の主祭神には災厄を司る神様と祓い清めを司る神様をお祀り致しております。
しまおかだいみょうじん
・島岡大明神
当社をご創建されました福岡藩二代目藩主黒田忠之公のご神霊。
やところうぶすなおおかみ
・八所産土大神
久保宮・西宮神社・熊野宮・伊牟田八幡宮・谷熊野神社・木浦神社・梅宮・末松神社の桜井各地に祀られていた神々で明治に入り合祀致しております。

*御由緒
当社ご創建の基は、慶長十五年(1610)六月朔より二日の暁にかけて、大雷雨が起こり突如電光一閃のうちに岩戸神窟が開け、ご神霊が顕現されました。それから、様々な霊験あらたかなことが起こり、それを聞き及ばれた福岡藩二代目藩主黒田忠之公は家臣を二回に渡り遣わして問われるに、その答え寸分も違わず御験があったので、益々ご神威に感謝され、寛永九年(1632)に現在の豪華絢爛なご社殿をご創建され、現在もその当時の姿を留めています。

公式ホームページ

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【岩戸開き神事】 
7月2日午前4時(一年に一度この日だけは岩戸神窟への参入しお参りができます)

【例大祭】
7月2日午前11時

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一貴山銚子塚古墳

2015.09.23 Wed
いきさんちょうしづかこふん
【一貴山銚子塚古墳】
糸島地方最大の前方後円墳です。4世紀後半に築かれたものと推定されており、国の史跡にも指定されています。

*所在地
福岡県糸島市二丈田中

玄界灘に通じる海岸線から約1.5km、南に脊振山系をひかえる独立低台地のほぼ中央に築かれた前方後円墳。昭和32(1957)に国の史跡に指定された。古墳の前方部はほぼ真北を向いており、全長103m、後円部径61m、前方部幅31m、後円部高9m、前方部高4m。主体部は後円部のほぼ中央に位置する竪穴式石室で長さ3.4m、幅1.4m、高さ80cm。石室は花崗岩の丸石を使用したもので、天井石の架構法が内部に納められた木棺の蓋上に玄武岩製の板石を敷き詰めるという特殊な方法で、他にはみられない。副葬品としては木棺内から硬玉勾玉2、碧玉管玉33、木棺外から銅鏡10枚、鉄製素環頭大刀3、鉄製刀、石室外からは鉄鏃14などが出土。このなかで鏡の出土状況が特徴的で、遺体の上半身を取り巻くよう「コ」の字形に、頭部に2枚、両脇に4枚ずつが配列されていた。なかでも頭部の2枚は舶載の方格規矩四神鏡(中国の後漢鏡)と内行花文鏡で、他の8枚は日本製の三角縁神獣鏡。この8面の鏡は日本の前期古墳からしか出土しない鏡であることから、後漢鏡が特別な扱いを受けていたことがわかる。

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Theme:史跡 | Genre:学問・文化・芸術 |
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高祖神社

2015.09.21 Mon
たかすじんじゃ
【高祖神社】
高祖山西麓にある神社。旧社格は県社。

*所在地
福岡県糸島市高祖1578

*御祭神
ひこほほでみのみこと
・彦火火出見尊
たまよりひめのみこと
・玉依姫尊
じんぐうこうごう(おきながたらしひめのみこと)
・神功皇后(息長足比女命)

*御由緒
「九州諸将軍記」には「神代より鎮座あり、神功皇后、三韓より凱旋ののち、当社の社殿を乾(北西)の方に向け御建立」と記されている。この機縁で神功皇后を相殿に祀ったと記されている。現在の社殿は「怡土城建設時に高祖村の大霜の地から現在地に移された」。旧社殿の場所は今の社殿から西方向約800メートルにある。
当社は昔から怡土郡の惣社(中世には怡土庄一の宮)と崇敬される神社で三代実録には、いまから約千百年前の元慶元年九月二十五日「正六位高礒比賣神に従五位下を授く」と記されている。この高礒比賣神とは高祖神社のことで相殿に玉依姫命、神功皇后をお祀りされている。

公式ホームページ

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主祭神は「彦火火出見尊」であり、男神である。「三代実録」に記されている「元慶元年(877)、高磯ヒメ神に従五位下を授ける」とある、この「高磯ヒメ神」は女神であることから、従来の「高祖神社の祭神が高磯ヒメ神である」との説は間違いで、本来は「細石神社の女神二柱のことだろう」と三雲の氏子は云っている。その根拠は昔、「高祖神社の主祭神彦火火出見尊の神輿が、その母親である木之花咲耶姫の所(細石神社)に神幸した」ことと、「伊都国の中心地に細石神社はある」ことという。よって従来の説である「高祖神社の祭神が高磯ヒメ神である」というのは、単に発音が似ているというだけの根拠の薄い説であろう。なにより第一の祭神である彦火火出見尊を差し置いて、相殿の祭神に位を授けるとは思えない。よって従来の説は「高祖神社の主祭神、彦火火出見尊を侮辱することになる」ことを、ここに記す。

Theme:神社 | Genre:学問・文化・芸術 |
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桜井二見ヶ浦

2015.07.22 Wed
ふたみがうら
【二見ヶ浦】
福岡県の名勝「日本の渚百選」「日本の夕陽百選」。
伊勢の二見浦に似て夫婦岩のある海岸が、元の二見浦にちなんで同じ名で呼ばれるようになったもの。伊勢の二見浦の朝日に対して夕日の筑前二見ヶ浦として有名で、夏至の頃に夫婦岩の間に沈む夕日の景観はまた格別 です。

*所在地
福岡県糸島市志摩桜井
◆ここは市の北部に位置し、夫婦岩は海岸から約150mの海中に屹立しています。

*御祭神
いざなぎのみこと
・伊弉諾命
いざなみのみこと
・伊弉冉命

*御由緒
二見ヶ浦は櫻井神社の宇良宮として、伊弉諾命と、伊弉冉命をお祀りしております。寛永6年(1629)のご神宣に『わが邦、神の末より海と人との通路を断ちて二千余年を経たり、今故ありてここに現ず、岩戸は海の宮の通路なり、正直を心として謀計を断ち清浄にしてわれに仕えなば、禍を除き安穏ならしめんとなり』とあります。簡単に申しますと『日本は神代の末の時代より、海と人とのみちを断ち二千年以上経ちました。だから、神様は見ることは出来ません。岩戸宮は海の神様へ繋がるみちです。正直な心を持って、人をだましたりせず、清浄な心で、信仰するならば、災いを取り除き、平穏な暮らしを約束します。』まさに、人々が実践しなければならない『みち』であります。

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毎年5月の大潮の干潮を期して長さ30m、重さ1トンの大注連縄が張られています。この2つの岩は、高さ11.2mと11.8mで、冬は玄界灘の荒波を砕いて雄大剛壮の観を呈し、春は波穏やかな海中に夫婦の姿を現し、古くは竜宮の入口として親しまれていました。

Theme:自然崇拝 | Genre:学問・文化・芸術 |
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櫻井神社

2015.07.22 Wed
さくらいじんじゃ
【櫻井神社】
桧皮葺きの屋根が特徴の三間社流造(さんげんやしろながれづくり)の本殿には豪華で美しい極彩色の彫刻が施され、拝殿、楼門ともに福岡県の文化財に指定されています。本殿の真後ろには「岩戸宮」、参道の左手の石段を登ると、伊勢神宮の内宮と外宮を一体化した神明造りの「桜井大神宮」も。静寂に包まれ神聖な気持ちになれるスポットとして、多くの人が訪れています。

*所在地
福岡県糸島市志摩桜井4227

*御祭神
かむなおひのかみ
・神直日神
おおなおひのかみ
・大直日神
やそまがつひのかみ
・八十枉津日神
◆古事記・日本書紀によりますと、伊弉諾命が黄泉の国にいる伊弉冉命に会いに行き、その際に黄泉の国で穢れを受けたため、その穢れを祓うために禊を行いました。その時に最初にお生まれになったのが八十枉津日神であり、災厄を司る神様であります。そして次にお生まれになった神様が神直日神・大直日神で、災厄を祓い清める神様であります。当社の主祭神には災厄を司る神様と祓い清めを司る神様をお祀り致しております。
しまおかだいみょうじん
・島岡大明神
◆当社をご創建されました福岡藩二代目藩主黒田忠之公のご神霊。
やところうぶすなおおかみ
・八所産土大神
◆久保宮・西宮神社・熊野宮・伊牟田八幡宮・谷熊野神社・木浦神社・梅宮・末松神社の桜井各地に祀られていた神々で明治に入り合祀致しております。

*御由緒
当社ご創建の基は、慶長十五年(1610)六月朔より二日の暁にかけて、大雷雨が起こり突如電光一閃のうちに岩戸神窟が開け、ご神霊が顕現されました。それから、様々な霊験あらたかなことが起こり、それを聞き及ばれた福岡藩二代目藩主黒田忠之公は家臣を二回に渡り遣わして問われるに、その答え寸分も違わず御験があったので、益々ご神威に感謝され、寛永九年(1632)に現在の豪華絢爛なご社殿をご創建され、現在もその当時の姿を留めています。

公式ホームページ

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◆櫻井大神宮
櫻井神社ご祭神のご神託を受けられた黒田忠之公が櫻井神社創建前の寛永二年(1625)に岩戸神窟の西南の地、光寿山へ神明造り茅葺の社殿を造営し、伊勢神宮の祀官橋本氏により、伊勢神宮の内宮・外宮の両宮のご分霊を奉じさせ、ご鎮座頂いたことがご創祀であります。内宮・外宮を一宇に合祀されたご本殿の千木は向かって右が水平切りで内宮(天照大御神)を現し、向かって左が垂直切りで外宮(豊受大御神)を現している当宮独自の建築様式であります。当宮も伊勢神宮のご遷宮に倣い、宮地を2か所に定め、20年ごとに式年遷宮を執り行っておりましたが、第13回目にして止まり、現在の社殿は慶応二年(1866)のもので、150年近く経っております。

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浮嶽神社

2014.12.23 Tue
うきだけじんじゃ
【浮嶽神社】

浮嶽は、福岡県糸島市二丈と佐賀県唐津市七山との県境に位置する山である。脊振山系の西端を成し、霊峰として知られる。海抜は805.1m。山頂からは壱岐が見える。浮岳とも書く。別名は筑紫富士。山頂に浮嶽神社の上宮が鎮座する。同神社の中宮(旧久安寺)は中腹にある。

★所在地
福岡県糸島市二丈吉井954

★御祭神
うきだけおおかみ
浮嶽大神(浮嶽大権現)

★御由緒
信仰の場として知られる浮嶽の中腹には、浮嶽神社が奉られています。この神社は奈良時代に聖武天皇の勅願により、インドからの渡来僧である清賀上人によって創建されたとされる怡土七ヶ寺の一つ、久安寺の後裔であり、収蔵庫には国指定重要文化財である「木造仏座像」「木造地蔵菩薩立像」「木造如来立像」の、いずれも平安時代に造られた仏像群が安置されています。見学の際は事前の連絡が必要です。

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雷山千如寺大悲王院

2014.10.25 Sat
真言宗 大覚寺派
らいざんせんにょじだいひおういん
【雷山千如寺大悲王院】

<<雷山>>
脊振山系に属する。山頂は福岡県側に位置する。頂上の下に広がる草原を「層々岐野(そそぎの)」と呼び、神功皇后の伝説が伝えられている場所という。この野原の名に因んで「雷山」は「層々岐岳(そそぎだけ)」の別名を持つ。頂上には雷神社の上宮(石祠、三つ)がある。古来、山全体が雷神の鎮座する霊山と考えられ、故に「雷山」の名を持つという。地元では「雷山に雲がかかると雨になる」という。雷山千如寺大悲王院(雷山観音)、神籠石、不動滝(清賀の滝)が観光名所。

★所在地
福岡県糸島市雷山626

★御本尊
じゅういちめんせんじゅせんげんかんぜおんぼさつ
・十一面千手千眼観世音菩薩
雷山の観音様として信者の多い大悲王院の本尊で、高さがほぼ一丈六尺(約4.8m)あることから、丈六の千手観音像とも呼ばれ、その形態の特徴から鎌倉時代後期(約700年前)の作と考えられています。千手観音像は通常千手を略して48手とする場合が多いのですが、この像は実際に千の手を持つ像として造られています。

★御縁起
寺伝によれば仏教公伝前の成務天皇四十八年(148)にインドの僧、清賀上人によって開創され、本尊の十一面千手千眼観世音菩薩(高さ4.63m・重要文化財)も同上人が一刀三礼して謹刻したと伝えられています。
鎌倉時代には北に玄界灘を臨む位置にあるため、元寇に対する最前線の祈祷寺院として幕府より期待が寄せられていたことが、当院に残されている『大悲王院文書』(福岡県指定文化財)によって窺い知ることができます。最盛期に三百の僧坊があったと伝えられており、当院に伝わる『雷山古図』には多数の僧坊が描かれております。千如寺はこの僧坊の総称であり、また中宮(現雷神社)横にあった仲之坊を指し、十一面千手千眼観世音菩薩も一山の本尊として同地にあった講堂に安置されていました。
 その後室町から戦国の長い戦乱の中で僧坊は荒廃し、仲之坊を残すのみとなりましたが、宝暦三年(1753)福岡藩主の黒田継高公によって大悲王院が創建されました。県の天然記念物に指定されている大楓も創建の記念に黒田公が植樹したと伝えられています。
また、雷山は水火雷電神、すなわち雷神を祀る中宮の他、上宮、下宮がありその三宮を司っていたのが千如寺であり、江戸時代までは神仏習合の山でありました。しかし、明治維新の神仏分離令により中宮にあった仲之坊は廃寺(最後の住職は神官となっています)となり、本尊を始め全ての仏像、古文書等は大悲王院に移されました。今千如寺の法灯は大悲王院によって守り伝えられています。

公式ホームページ

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約1300年の歴史を誇り、紅葉の名所としても名高い千如寺には、国の重要文化財である「木造本尊十一面千手千眼観音像」「木造清賀上人座像」をはじめ、福岡県の指定文化財である「木造多聞天像」、「木造持国天像」など数多くの文化財があります。


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雷神社

2014.10.25 Sat
いかづちじんじゃ
【雷神社】

雷山(標高955m)の中腹に鎮座する。雷神宮(らいじんぐう)とも呼ばれる。

<<雷山>>
脊振山系に属する。山頂は福岡県側に位置する。頂上の下に広がる草原を「層々岐野(そそぎの)」と呼び、神功皇后の伝説が伝えられている場所という。この野原の名に因んで「雷山」は「層々岐岳(そそぎだけ)」の別名を持つ。頂上には雷神社の上宮(石祠、三つ)がある。古来、山全体が雷神の鎮座する霊山と考えられ、故に「雷山」の名を持つという。地元では「雷山に雲がかかると雨になる」という。雷山千如寺大悲王院(雷山観音)、神籠石、不動滝(清賀の滝)が観光名所。

★所在地
福岡県糸島市雷山148

★御祭神
・水火雷電神(瓊々杵尊)
・高祖大神(彦火火出見尊)
・香椎大神(息長足姫尊)
・住吉三神
・八幡神の五神

★御由緒
古来、女人の参拝を許さなかった。旱(日照り)の年には古くから神面祈祷が行われたという。暦応5年(1342年)5月、九州探題一色範氏からの雨乞い祈祷の催促文や、足利尊氏の庶子、足利直冬が参詣し、雨乞い祈願したのち、降雨があったので歌に斜文を添えて奉納したものが残っている。
「世の末といかで思はん雷のまたあらたなる天が下哉」佐兵衛佐源朝臣直冬
幕府の祈願所として神領も広かった。領主よりの文書も多く残るが今は「大悲王院」に所蔵する。戦国の世に神領の多くは押領されたものの、天平15年(1587)、筑前領主となった小早川隆景が六石を寄進した。これは秀秋の時に没収された。のちに黒田忠之、黒田継高からの寄進により二十六石に回復した。境内に天然記念物の千年杉や樟の大木がある。

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<雷山略史>
雷山の寺社もまた、創建や古代の歩みを語る確かな史料にとぼしい。
「雷山千如寺縁起」には、風伯雨師の雷電神が一夜のうちに山を削り岩を砕き、大伽藍を造顕したという「雷音寺」の草創をつたえる。次に、神功皇后が渡海遠征にあたって、雷山の主神「水火雷電神」へ伏敵祈願したことが語られ、当社が異賊降伏に霊験あらたかなることをつげる。そして、法持聖清賀という僧が怡土七ヶ寺の第一の「霊鷲寺」を建立したことや雷山の雨請いの霊験が語られる。
雷山は曽増岐山といわれ、曽増岐神社の上宮、中宮、下宮があり、中宮は雷神社ともいい、下宮は笠折権現とも呼ばれた。いずれも水火雷電神をまつり、古来から雨請いの祈祷が盛んに行なわれたところである。その神宮寺は聖武天皇の勅願をつたえ、清賀上人が開山となって建立した寺であり、のちに「千如寺」と呼ばれた。開山清賀上人は建長七年(1255)などの当寺文書に「法持聖人」「法持聖清賀」の名であらわれる。清賀上人建立の怡土七ヶ寺は雷山千如寺のほかには染井山 霊鷲寺、一貴山夷巍寺、小倉山小蔵寺、鉢伏山金剛寺(浮岳)久安寺、種寶山楠田寺をいい、怡土・志摩両郡に配されていた。これらの上代寺院建立は、確かな記録も発掘された遺物遺構もなく、にわかに信じがたいが、同じころと思われる雷山中腹の神護石遺跡の土木技術と、それを成就させた支配力と経済力を考えると、これらの初期寺院の存在に説得力をおびる。
雷音寺と霊鷲寺の関係や、「千如寺」と呼ばれるようになった時期についてはわからないが、「雷山古図」が描き出そうとする雷山三百坊の繁栄は、平安時代の満山繁栄のありさまであろう。今にのこる木造薬師如来立像や同坐像、木造不動明王立像などの平安古像に、往時の雷山仏教文化の華麗な繁栄が偲ばれる。

Theme:神社 | Genre:学問・文化・芸術 |
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櫻井神社

2014.07.18 Fri
さくらいじんじゃ
【櫻井神社】

★所在地
福岡県糸島市志摩桜井4227

★御祭神
かむなおひのかみ
☆神直日神
おおなおひのかみ
☆大直日神
やそまがつひのかみ
☆八十枉津日神
古事記・日本書紀によりますと、伊弉諾命が黄泉の国にいる伊弉冉命に会いに行き、その際に黄泉の国で穢れを受けたため、その穢れを祓うために禊を行いました。その時に最初にお生まれになったのが八十枉津日神であり、災厄を司る神様であります。そして次にお生まれになった神様が神直日神・大直日神で、災厄を祓い清める神様であります。当社の主祭神には災厄を司る神様と祓い清めを司る神様をお祀り致しております。

しまおかだいみょうじん
☆島岡大明神
当社をご創建されました福岡藩二代目藩主黒田忠之公のご神霊。

やところうぶすなおおかみ
☆八所産土大神
久保宮・西宮神社・熊野宮・伊牟田八幡宮・谷熊野神社・木浦神社・梅宮・末松神社の桜井各地に祀られていた神々で明治に入り合祀致しております。

★御由緒
当社ご創建の基は、慶長十五年(1610)六月朔より二日の暁にかけて、大雷雨が起こり突如電光一閃のうちに岩戸神窟が開け、ご神霊が顕現されました。それから、様々な霊験あらたかなことが起こり、それを聞き及ばれた福岡藩二代目藩主黒田忠之公は家臣を二回に渡り遣わして問われるに、その答え寸分も違わず御験があったので、益々ご神威に感謝され、寛永九年(1632)に現在の豪華絢爛なご社殿をご創建され、現在もその当時の姿を留め本殿・拝殿・楼門は福岡県の重要文化財に指定されております。

公式ホームページ

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【櫻井大神宮】
櫻井神社ご祭神のご神託を受けられた黒田忠之公が櫻井神社創建前の寛永二年(1625)に岩戸神窟の西南の地、光寿山へ神明造り茅葺の社殿を造営し、伊勢神宮の祀官橋本氏により、伊勢神宮の内宮・外宮の両宮のご分霊を奉じさせ、ご鎮座頂いたことがご創祀であります。
内宮・外宮を一宇に合祀されたご本殿の千木は向かって右が水平切りで内宮(天照大御神)を現し、向かって左が垂直切りで外宮(豊受大御神)を現している当宮独自の建築様式であります。
当宮も伊勢神宮のご遷宮に倣い、宮地を2か所に定め、20年ごとに式年遷宮を執り行っておりましたが、第13回目にして止まり、現在の社殿は慶応二年(1866)のもので、150年近く経っております。

【筑前二見ヶ浦】
二見ヶ浦は当社の宇良宮として、伊弉諾命と、伊弉冉命をお祀りしております。
寛永六年(1629)のご神宣に『わが邦、神の末より海と人との通路を断ちて二千余年を経たり、今故ありてここに現ず、岩戸は海の宮の通路なり、正直を心として謀計を断ち清浄にしてわれに仕えなば、禍を除き安穏ならしめんとなり』とあります。簡単に申しますと『日本は神代の末の時代より、海と人とのみちを断ち二千年以上経ちました。だから、神様は見ることは出来ません。岩戸宮は海の神様へ繋がるみちです。正直な心を持って、人をだましたりせず、清浄な心で、信仰するならば、災いを取り除き、平穏な暮らしを約束します。』
まさに、人々が実践しなければならない『みち』であります。

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桜井神社

2013.11.04 Mon
さくらいじんじゃ
【櫻井神社】

★所在地
福岡県糸島市志摩桜井4227

★御祭神
✩与止妃大明神
・神直日神
・大直日神
・八十枉津日神
✩島岡大明神
✩天照大神
✩豊受大神

★御由緒
慶長15年(1610)6月1日より2日早暁に桜井を中心に雷鳴轟く大豪雨が降り、岩戸神窟が初めて開き、霊験あらたかな神様が出現されました。その事は筑前国2代藩主黒田二代藩主黒田忠之公にも聞え、厚く崇敬され、寛永2年(1625)大神宮を、寛永9年(1632)桜井神社を創建されました。大神宮は伊勢の神宮にならい20年毎に遷宮が行なわれ、慶応2年(1866)に第13回の式年遷宮を最後に今日に至っております。

<御祭神・由緒>
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<楼門>
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<大神宮>
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三間社流造(さんげんやしろながれづくり)の本殿には豪華な装飾が施され、ほぼ同時期に建てられた拝殿、楼門(ろうもん)ともに「福岡県指定文化財」に指定されています。
山中にある桜井大神宮は、伊勢神宮と深い関わりを持ち、伊勢の内宮と外宮を一体化した神明造り(しんめいづくり)の社殿です。

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桜井二見ヶ浦

2013.11.04 Mon
【桜井二見ヶ浦】
夫婦岩

★所在地
福岡県糸島市志摩桜井

伊勢の二見浦の朝日に対して夕日の筑前二見ヶ浦として有名で、夏至の頃に夫婦岩の間に沈む夕日の景観はまた格別 です。

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福岡県の名勝「日本の渚100選」「日本の夕日100選」。ここは糸島市の北部に位置し、夫婦岩は海岸から約150mの海中に屹立しています。古くから桜井神社(県の文化財)の社地として神聖の処と崇敬され、毎年5月の大潮の干潮を期して長さ30m重さ1tの大注連縄(おおしめなわ)が張られています。この2つの岩は、高さ11.2mと11.8mで、冬は玄界灘の荒波を砕いて雄大剛壮の観を呈し、春は波穏やかな海中に夫婦の姿を現し、古くは竜宮の入口として親しまれていました。

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深江神社

2013.09.12 Thu
★所在地
福岡県糸島市二丈深江853

★御祭神
・玉依姫命(神武天皇の御母)宝満宮
・菅原道真命(野見宿祢十世の孫)天満宮

<御祭神・由緒>
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鎮懐石八幡宮

2013.09.12 Thu
鎭懷石八幡宮(ちんかいせき八幡宮)

★所在地
福岡県糸島市二丈深江2143-1

★御祭神
・神功皇后(息長足日女命)
・応神天皇(八幡大神)
・武内宿弥

★御由緒
『日本書紀』などによれば、神功皇后は神功元年から神功69年まで政事を執り行なった。夫の仲哀天皇の急死後、住吉大神の神託により、お腹に子供(のちの応神天皇)を妊娠したまま筑紫から玄界灘を渡り朝鮮半島に出兵して新羅の国を攻めた。新羅は戦わずして降服して朝貢を誓い、高句麗・百済も朝貢を約したという(三韓征伐)。
渡海の際は、お腹に月延石や鎮懐石と呼ばれる石を当ててさらしを巻き、冷やすことによって出産を遅らせたとされる。月延石は3つあったとされ、それぞれ長崎県壱岐市の月讀神社、京都市西京区の月読神社、福岡県糸島市の鎮懐石八幡宮に奉納されたと言われている。その帰路、筑紫の宇美で応神天皇を出産し、志免でお紙目を代えたと伝えられている。他にも壱岐市の湯ノ本温泉で産湯をつかわせたなど、九州北部に数々の伝承が残っており、九州北部に縁の深い人物であったと推測される。

<御祭神・由緒>
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境内には、山上憶良がこの石を詠んだ歌碑が、安政6年(1859)に建てられており、九州最古の萬葉歌碑と言われ、全国各地から訪れる人も多い。また桜の名所としても名高く、海抜20メートル程の展望所からは、姫島や唐津方面、視界の良い時は約50キロ先の壱岐の島も見ることが出来る。

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馬場六所神社

2013.07.19 Fri
六所神社/ろくしょじんじゃ

★所在地
福岡県糸島市志摩馬場344

★御祭神
・伊弉冊命
・速玉男命
・事解男命
・表筒男命
・中筒男命
・底筒男命

★御由緒
志摩馬場にある六所神社は、江戸時代は志摩郡の総社で、神宮皇后伝説に由来があり、創建は大宝二(702)年まで遡ることができる。祭神は熊野三神と住吉三神とされるが、一説には八幡・香椎・高良・住吉神ともいわれている。永正・天文の頃(1505-1550年)は、油比社または二宮ともいい、大宮司行弘氏、大神氏など神職がおり、由比氏などの数家が社務を務め、荻浦、波多江、浦志辺りまで神領があって繁盛したことが古文書にみとめられる。

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境内には樹齢千年を越える樟の大木が二本あり、大きさは胸高周囲8.5m、7.5m、樹高28.0m、39.0mあります。昭和35年4月12日に県の天然記念物に指定されています。


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大門神社

2013.07.19 Fri
★所在地
福岡県糸島市志摩芥屋(芥屋の大門公園/けやのおおとこうえん)

玄海国定公園の景勝地、芥屋の大門と呼ばれる岩山全体が大門神社の御神体。

★御祭神
・大綿積大神
・大戸道尊
・大苫辺尊

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<玄界灘にそそり立つ迫力の奇岩>
芥屋の大門は、玄海国定公園の中でも名勝奇岩(六角形や八角形の玄武岩柱状節理)として全国的に知られる日本最大の玄武岩洞(日本三大玄武洞=芥屋の大門・唐津七ツ釜・兵庫県豊岡市玄武洞)で高さ64m、奥行90m、間口10mの洞窟は神秘的な景観を呈しています。国の天然記念物に指定され、糸島を代表する観光地の一つです。洞穴は海に面しているため海上から眺めるのがおススメ。遊覧船は、芥屋漁港から4月~11月の間運航されています(往復30分、料金は大人700円)。


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大祖神社

2013.07.19 Fri
大祖神社/たいそじんじゃ

★所在地
福岡県糸島市志摩芥屋(芥屋の大門公園/けやのおおとこうえん)

玄海国定公園の景勝地、芥屋大門展望所の登山口に大祖神社があります。

★御祭神・由緒
主祭神は、天照大神、イザナギノミコト、イザナミノミコト、ウガヤフキアエズノミコト、豊玉姫ほか多数の神々が祀られています。その中に塩土老翁神がいます。この神様は製塩に関する神様であり、また海上の情報を読み取ることのできる智恵の神様です。古くから、この地方で海上の航行の安全を祈願するなどして信仰されてきたようです。

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<玄界灘にそそり立つ迫力の奇岩>
芥屋の大門は、玄海国定公園の中でも名勝奇岩(六角形や八角形の玄武岩柱状節理)として全国的に知られる日本最大の玄武岩洞(日本三大玄武洞=芥屋の大門・唐津七ツ釜・兵庫県豊岡市玄武洞)で高さ64m、奥行90m、間口10mの洞窟は神秘的な景観を呈しています。国の天然記念物に指定され、糸島を代表する観光地の一つです。洞穴は海に面しているため海上から眺めるのがおススメ。遊覧船は、芥屋漁港から4月~11月の間運航されています(往復30分、料金は大人700円)。


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桜井二見ヶ浦

2013.07.19 Fri
【桜井二見ヶ浦】
夫婦岩

★所在地
福岡県糸島市志摩桜井

伊勢の二見浦の朝日に対して夕日の筑前二見ヶ浦として有名で、夏至の頃に夫婦岩の間に沈む夕日の景観はまた格別 です。

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福岡県の名勝「日本の渚100選」「日本の夕日100選」。ここは糸島市の北部に位置し、夫婦岩は海岸から約150mの海中に屹立しています。古くから桜井神社(県の文化財)の社地として神聖の処と崇敬され、毎年5月の大潮の干潮を期して長さ30m重さ1tの大注連縄(おおしめなわ)が張られています。この2つの岩は、高さ11.2mと11.8mで、冬は玄界灘の荒波を砕いて雄大剛壮の観を呈し、春は波穏やかな海中に夫婦の姿を現し、古くは竜宮の入口として親しまれていました。

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桜井神社

2013.07.19 Fri
【桜井神社】

★所在地
福岡県糸島市志摩桜井4227

★歴史
寛永9年(1632年)に黒田二代藩主黒田忠之(ただゆき)公によって創建され、筑前国の信仰の拠点でありました。今日でも筑前の守護神として広く崇敬をあつめています。桧皮葺きの屋根が特徴の三間社流造(さんげんやしろながれづくり)の本殿には豪華で美しい極彩色の彫刻が施され、拝殿、楼門(ろうもん)ともに福岡県の文化財に指定されています。本殿の真後ろには「岩戸宮」、参道の左手の石段を登ると、伊勢神宮の内宮と外宮を一体化した神明造り(しんめいづくり)の「桜井大神宮」も。静寂に包まれ神聖な気持ちになれるスポットとして、多くの人が訪れています。

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雷神社

2013.07.13 Sat
らいざん
【雷山】
標高955m
◆雷山略史
雷山の寺社もまた、創建や古代の歩みを語る確かな史料にとぼしい。
「雷山千如寺縁起」には、風伯雨師の雷電神が一夜のうちに山を削り岩を砕き、大伽藍を造顕したという「雷音寺」の草創をつたえる。次に、神功皇后が渡海遠征にあたって、雷山の主神「水火雷電神」へ伏敵祈願したことが語られ、当社が異賊降伏に霊験あらたかなることをつげる。そして、法持聖清賀という僧が怡土七ヶ寺の第一の「霊鷲寺」を建立したことや雷山の雨請いの霊験が語られる。
雷山は曽増岐山といわれ、曽増岐神社の上宮、中宮、下宮があり、中宮は雷神社ともいい、下宮は笠折権現とも呼ばれ、現在の千如寺境内にあった。いずれも水火雷電神をまつり、古来から雨請いの祈祷が盛んに行なわれたところである。その神宮寺は聖武天皇の勅願をつたえ、清賀上人が開山となって建立した寺であり、のちに「千如寺」と呼ばれた。開山清賀上人は建長七年(1255年)などの当寺文書に「法持聖人」「法持聖清賀」の名であらわれる。清賀上人建立の怡土七ヶ寺は雷山千如寺のほかには染井山 霊鷲寺、一貴山夷巍寺、小倉山小蔵寺、鉢伏山金剛寺(浮岳)久安寺、種寶山楠田寺をいい、怡土・志摩両郡に配されていた。これらの上代寺院建立は、確かな記録も発掘された遺物遺構もなく、にわかに信じがたいが、同じころと思われる雷山中腹の神護石遺跡の土木技術と、それを成就させた支配力と経済力を考えると、これらの初期寺院の存在に説得力をおびる。
雷音寺と霊鷲寺の関係や、「千如寺」と呼ばれるようになった時期についてはわからないが、「雷山古図」が描き出そうとする雷山三百坊の繁栄は、平安時代の満山繁栄のありさまであろう。今にのこる木造薬師如来立像や同坐像、木造不動明王立像などの平安古像に、往時の雷山仏教文化の華麗な繁栄が偲ばれる。


<中宮>
いかづちじんじゃ
【雷神社】
雷神社は、雷山の中腹に鎮座する。雷神宮(らいじんぐう)とも呼ばれる。

★所在地
福岡県糸島市雷山148

★御祭神
・水火雷電神(瓊々杵尊)
・高祖大神(彦火火出見尊)
・香椎大神(息長足姫尊)
・住吉三神
・八幡神の五神

★御由緒
古来、女人の参拝を許さなかった。旱(日照り)の年には古くから神面祈祷が行われたという。暦応5年(1342年)5月、九州探題一色範氏からの雨乞い祈祷の催促文や、足利尊氏の庶子、足利直冬が参詣し、雨乞い祈願したのち、降雨があったので歌に斜文を添えて奉納したものが残っている。
「世の末といかで思はん雷のまたあらたなる天が下哉」佐兵衛佐源朝臣直冬
幕府の祈願所として神領も広かった。領主よりの文書も多く残るが今は「大悲王院」に所蔵する。戦国の世に神領の多くは押領されたものの、天平15年(1587年)、筑前領主となった小早川隆景が六石を寄進した。これは秀秋の時に没収された。のちに黒田忠之、黒田継高からの寄進により二十六石に回復した。境内に天然記念物の千年杉や樟の大木がある。

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清賀の滝

2013.07.13 Sat
らいざん
【雷山】
標高955m
◆雷山略史
雷山の寺社もまた、創建や古代の歩みを語る確かな史料にとぼしい。
「雷山千如寺縁起」には、風伯雨師の雷電神が一夜のうちに山を削り岩を砕き、大伽藍を造顕したという「雷音寺」の草創をつたえる。次に、神功皇后が渡海遠征にあたって、雷山の主神「水火雷電神」へ伏敵祈願したことが語られ、当社が異賊降伏に霊験あらたかなることをつげる。そして、法持聖清賀という僧が怡土七ヶ寺の第一の「霊鷲寺」を建立したことや雷山の雨請いの霊験が語られる。
雷山は曽増岐山といわれ、曽増岐神社の上宮、中宮、下宮があり、中宮は雷神社ともいい、下宮は笠折権現とも呼ばれ、現在の千如寺境内にあった。いずれも水火雷電神をまつり、古来から雨請いの祈祷が盛んに行なわれたところである。その神宮寺は聖武天皇の勅願をつたえ、清賀上人が開山となって建立した寺であり、のちに「千如寺」と呼ばれた。開山清賀上人は建長七年(1255年)などの当寺文書に「法持聖人」「法持聖清賀」の名であらわれる。清賀上人建立の怡土七ヶ寺は雷山千如寺のほかには染井山 霊鷲寺、一貴山夷巍寺、小倉山小蔵寺、鉢伏山金剛寺(浮岳)久安寺、種寶山楠田寺をいい、怡土・志摩両郡に配されていた。これらの上代寺院建立は、確かな記録も発掘された遺物遺構もなく、にわかに信じがたいが、同じころと思われる雷山中腹の神護石遺跡の土木技術と、それを成就させた支配力と経済力を考えると、これらの初期寺院の存在に説得力をおびる。
雷音寺と霊鷲寺の関係や、「千如寺」と呼ばれるようになった時期についてはわからないが、「雷山古図」が描き出そうとする雷山三百坊の繁栄は、平安時代の満山繁栄のありさまであろう。今にのこる木造薬師如来立像や同坐像、木造不動明王立像などの平安古像に、往時の雷山仏教文化の華麗な繁栄が偲ばれる。


【清賀の滝】

★所在地
福岡県糸島市(雷山)

雷山自然歩道の途中にあり休憩地として利用されている。名前はインドより来朝したと伝えられる高僧で、聖武天皇の勅願により雷山千如寺をはじめとする怡土7ヶ寺を開基した清賀上人に由来する。

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雷神社

2013.07.13 Sat
らいざん
【雷山】
標高955m
◆雷山略史
雷山の寺社もまた、創建や古代の歩みを語る確かな史料にとぼしい。
「雷山千如寺縁起」には、風伯雨師の雷電神が一夜のうちに山を削り岩を砕き、大伽藍を造顕したという「雷音寺」の草創をつたえる。次に、神功皇后が渡海遠征にあたって、雷山の主神「水火雷電神」へ伏敵祈願したことが語られ、当社が異賊降伏に霊験あらたかなることをつげる。そして、法持聖清賀という僧が怡土七ヶ寺の第一の「霊鷲寺」を建立したことや雷山の雨請いの霊験が語られる。
雷山は曽増岐山といわれ、曽増岐神社の上宮、中宮、下宮があり、中宮は雷神社ともいい、下宮は笠折権現とも呼ばれ、現在の千如寺境内にあった。いずれも水火雷電神をまつり、古来から雨請いの祈祷が盛んに行なわれたところである。その神宮寺は聖武天皇の勅願をつたえ、清賀上人が開山となって建立した寺であり、のちに「千如寺」と呼ばれた。開山清賀上人は建長七年(1255年)などの当寺文書に「法持聖人」「法持聖清賀」の名であらわれる。清賀上人建立の怡土七ヶ寺は雷山千如寺のほかには染井山 霊鷲寺、一貴山夷巍寺、小倉山小蔵寺、鉢伏山金剛寺(浮岳)久安寺、種寶山楠田寺をいい、怡土・志摩両郡に配されていた。これらの上代寺院建立は、確かな記録も発掘された遺物遺構もなく、にわかに信じがたいが、同じころと思われる雷山中腹の神護石遺跡の土木技術と、それを成就させた支配力と経済力を考えると、これらの初期寺院の存在に説得力をおびる。
雷音寺と霊鷲寺の関係や、「千如寺」と呼ばれるようになった時期についてはわからないが、「雷山古図」が描き出そうとする雷山三百坊の繁栄は、平安時代の満山繁栄のありさまであろう。今にのこる木造薬師如来立像や同坐像、木造不動明王立像などの平安古像に、往時の雷山仏教文化の華麗な繁栄が偲ばれる。


<上宮>
いかづちじんじゃ
【雷神社】

★所在地
福岡県糸島市(雷山山頂付近)

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<清賀の滝>
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細石神社

2013.06.27 Thu
細石神社/さざれいしじんじゃ

★所在地
福岡県糸島市三雲432

古くは佐々禮石神社と表記されていた。
「漢委奴國王」の金印が宝物として伝わっていたが江戸時代に外部に流出したとの伝承がある。

<御祭神・由緒>
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糸島・博多湾一帯には、千代の松原の「千代」、伊都国の王墓とされる平原遺跡の近隣に細石神社の「さざれ石」、細石神社の南側には「井原鑓溝遺跡」や「井原山」など地元の方が「いわら=(いわお)」と呼ぶ地名が点在し、また桜谷神社には苔牟須売神(コケムスメ)が祀られ極めて狭い範囲に「ちよ」 「さざれいし」 「いわら」 「こけむすめ」と、「君が代」の歌詞そのものが神社、地名、祭神の4点セットとして全て揃っていること。
細石神社の祭神は「盤長姫(イワナガヒメ)」と妹の「木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)」、桜谷神社の祭神は「木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)」と「苔牟須売神(コケムスメ)」であるが「盤長姫命(イワナガヒメ)」と妹の「木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)」は日本神話における天孫降臨した瓊瓊杵尊(ニニギノ尊)の妃であり日本の神話とも深く結びついている。

古事記・日本書記記述の「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」で誕生された神々及び歴代天皇皇后を祭神とする神社が福岡市から糸島市にかけて存在する。
「伊弉諾尊/いざなぎのみこと」鷲尾愛宕神社。「伊弉冉尊/いざなみのみこと」飯盛神社、鷲尾愛宕神社。「天照大御神/あまてらすおおみかみ」小戸大神宮。「住吉三神/すみよしさんじん」姪浜住吉神社。「志賀三神/しかさんじん」志賀海神社、姪浜住吉神社。「警固三神/けごさんじん」警固神社。「天忍穂耳命/あみのおしほみみ」鷲尾愛宕神社。「栲幡千々姫命/たくはたちぢひめのみこと」小戸大神宮。「瓊々杵尊/ににぎのみこと」雷神社。「木花開耶姫このはなのさくやびめ」細石神社。「彦火火出見尊/ひこほほでみのみこと」高祖神社。「豊玉姫/とよたまひめ」志登神社。「彦波瀲武盧茲草葺不合尊/ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」産宮神社。「神武天皇/じんむてんのう」可也神社。

九州王朝説


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白糸の滝

2013.06.18 Tue
★所在地
福岡県糸島市(羽金山)

<白糸の滝>
天然の涼を楽しめる、県天然記念物。
福岡県指定の名勝である「白糸の滝」は、標高900mの羽金山の中腹に位置し、落差は約24m。マイナスイオンと自然あふれる憩いの場としてファミリー層に親しまれています。周囲には樹齢約300年といわれる県指定天然記念物「萬龍楓(ばんりゅうかえで)」が自生し、7月初めにはアジサイが咲き乱れます。滝周辺では、釣り具をレンタルしてヤマメ釣りも楽しめます。また、食事処「四季の茶屋」では、郷土料理「糸島そうめんちり」のほか、夏には名物の「そうめん流し」が人気です。

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<白糸滝観音小蔵寺>

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千寿院の滝

2013.06.18 Tue
★所在地
福岡県糸島市二丈満吉

<唐原・落人の里>
糸島市二丈の北部、標高約330mの山あいにある戸数6軒の小さな集落・唐原には、平家の落人にまつわる悲しい伝説が伝えられています。平安時代の末、この唐原の里に平清盛の嫡男である平重盛の内室(妻)と二人の姫たちが逃げ延びましたが、安住の地を得たのもつかの間、源氏の追っ手たちによって悲惨な最期をとげました。残った家臣たちも後を追って死のうとしましたが、内室と姫たちの霊を弔うため思いとどまり、農耕を行いながらこの地に住み着いたと伝えられます。今も唐原には内室や姫たちの墓をはじめ、姫たちが都を懐かしんだという都見石、重盛の遺髪を埋めたと伝えられる黒髪塚、姫たちがその前で舞を舞ったと伝えられる千寿院の滝などが残っています。

<千寿院の滝>
カエデや杉に囲まれた木立の中にある高さ15m、幅12mの滝。ひんやりした空気が心地よい冷涼スポットです。糸島半島一望(可也山・引津湾・船越湾)の眺めも楽しめます。足場があまり良くないので注意が必要ですが、白糸の滝が混み合う日でも訪れる人の少ない穴場的ポイントです。

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白糸の滝

2013.05.26 Sun
★所在地
福岡県糸島市(羽金山)

<白糸の滝>
天然の涼を楽しめる、県天然記念物
福岡県指定の名勝である「白糸の滝」は、標高900mの羽金山の中腹に位置し、落差は約24m。マイナスイオンと自然あふれる憩いの場としてファミリー層に親しまれています。周囲には樹齢約300年といわれる県指定天然記念物「萬龍楓(ばんりゅうかえで)」が自生し、7月初めにはアジサイが咲き乱れます。滝周辺では、釣り具をレンタルしてヤマメ釣りも楽しめます。また、食事処「四季の茶屋」では、郷土料理「糸島そうめんちり」のほか、夏には名物の「そうめん流し」が人気です。

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<白糸滝観音小蔵寺>

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加布里神社

2013.05.02 Thu
★所在地
福岡県糸島市加布里544-1

★御祭神
菅原道真公

★御由緒
加布里区産土神で旧村社です。後村上天皇興国元年(1340)太宰少弐正家が太宰府天満宮の分霊をこの地に勧請しました。

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可也神社

2013.05.02 Thu
★所在地
福岡県糸島市(可也山)

可也山は、コニーデ式の優美な形から「糸島富士」とも呼ばれており、古くは万葉の歌にも詠まれ、糸島市のシンボル的な山として親しまれています。東側登山口(師吉)から1.8kmの自然遊歩道が完備されており、黒田長政が1618年に日光東照宮の大鳥居を献上した石切り場跡等が至る所にあります。山頂には「可也神社」があり、その先200mの所は360度の展望が開け眼下には玄界灘が広がります。
標高365m。

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★祭神
神武天皇

古事記・日本書記記述の「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」で誕生された神々及び歴代天皇皇后を祭神とする神社が福岡市から糸島市にかけて存在する。
「伊弉諾尊/いざなぎのみこと」鷲尾愛宕神社。「伊弉冉尊/いざなみのみこと」飯盛神社、鷲尾愛宕神社。「天照大御神/あまてらすおおみかみ」小戸大神宮。「住吉三神/すみよしさんじん」姪浜住吉神社。「志賀三神/しかさんじん」志賀海神社、姪浜住吉神社。「警固三神/けごさんじん」警固神社。「天忍穂耳命/あみのおしほみみ」鷲尾愛宕神社。「栲幡千々姫命/たくはたちぢひめのみこと」小戸大神宮。「瓊々杵尊/ににぎのみこと」雷神社。「木花開耶姫このはなのさくやびめ」細石神社。「彦火火出見尊/ひこほほでみのみこと」高祖神社。「豊玉姫/とよたまひめ」志登神社。「彦波瀲武盧茲草葺不合尊/ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」産宮神社。「神武天皇/じんむてんのう」可也神社。

九州王朝説

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桜井二見ヶ浦

2013.03.31 Sun
【桜井二見ヶ浦】
夫婦岩

★所在地
福岡県糸島市志摩桜井

伊勢の二見浦の朝日に対して夕日の筑前二見ヶ浦として有名で、夏至の頃に夫婦岩の間に沈む夕日の景観はまた格別 です。

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福岡県の名勝「日本の渚100選」「日本の夕日100選」。ここは糸島市の北部に位置し、夫婦岩は海岸から約150mの海中に屹立しています。古くから桜井神社(県の文化財)の社地として神聖の処と崇敬され、毎年5月の大潮の干潮を期して長さ30m重さ1tの大注連縄(おおしめなわ)が張られています。この2つの岩は、高さ11.2mと11.8mで、冬は玄界灘の荒波を砕いて雄大剛壮の観を呈し、春は波穏やかな海中に夫婦の姿を現し、古くは竜宮の入口として親しまれていました。

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桜井神社

2013.03.31 Sun
【桜井神社】

★所在地
福岡県糸島市志摩桜井4227

★祭神
神直日神
大直日神
八十枉津日神
島岡大明神
天照大神
豊受大神

★歴史
寛永9年(1632年)に黒田二代藩主黒田忠之(ただゆき)公によって創建され、筑前国の信仰の拠点でありました。今日でも筑前の守護神として広く崇敬をあつめています。桧皮葺きの屋根が特徴の三間社流造(さんげんやしろながれづくり)の本殿には豪華で美しい極彩色の彫刻が施され、拝殿、楼門(ろうもん)ともに福岡県の文化財に指定されています。本殿の真後ろには「岩戸宮」、参道の左手の石段を登ると、伊勢神宮の内宮と外宮を一体化した神明造り(しんめいづくり)の「桜井大神宮」も。静寂に包まれ神聖な気持ちになれるスポットとして、多くの人が訪れています。

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不動滝

2013.03.24 Sun
★所在地
福岡県糸島市(雷山)

<不動滝>
千如寺から西方1km余りにある全長2.2km国指定遺跡の雷山神籠石。飯原集落の上4kmほどに不動池があり、その周囲の尾根に列石が見られる。池の北と南を横切る谷の部分に水門が残る。不動池の水が「不動滝」で滝となって流れ落ちている。その滝の傍らに不動明王の社が鎮座している。

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<本尊不動明王>

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雷山神籠石

2013.03.24 Sun
国指定史跡
らいざんこうごいし
雷山神籠石

★所在地
福岡県糸島市雷山

雷山神籠石は雷山(標高955m)の北中腹、標高400~480mの山中に築かれた古代山城です。城の範囲は東西300m、南北700mほどと考えられます。ここからは糸島地方のみならず博多湾や玄界灘まで広く一望できます。遺構としては現在谷の南北に築かれた水門とそれから東西に延びる列石群を見ることができます。南水門には列石の下部に設置された「暗渠」様式の水門跡と石塁の一部に水樋を設けてそこから流水する水門跡の2種類の水門跡があります。さらに、南水門一帯には門跡らしき列石の切れ間を2ヶ所確認しています。北水門は切石を長さ12m、幅10m、高さ3mに積み上げた強固な造りを見せています。また、水門の東西両端からは列石が「ハ」の字形に開きながら尾根頂上に向けて急斜面を登っています。

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<神籠石・神籠石式山城>
古代の西日本に築造された遺跡で、現状『日本書紀』『続日本紀』などの文献資料に記載がなく、遺構でしか存在を確認できない山城を指す。本来は磐座(神の依り代となる岩石)を指す。神籠石は、当て字で皮籠石、交合石、皇后石などとも書き、「こうご」の本来の意味は分かっていない。本来高良大社の参道脇にある「馬蹄石」など、神の依り代となる岩石のことを指す名称であったが、近くにある列石(高良山では「八葉石塁」「八葉の石畳」と呼ばれていた)と混同して学界に報告されたため、列石遺構の方にこの名が付けられた。その後、他の類似した石積み遺構にも神籠石の名を冠するようになったが、命名の経緯からすれば明らかな誤りである。神籠石が学会に発表されたのは、明治31年(1898)に小林庄次郎が筑後・高良山神籠石を「霊地として神聖に保たれた地を区別したもの」として紹介したのが最初である。明治33年(1900)に九州所在の神籠石を踏査した八木奬三郎が「城郭を除いては、他にこの類の大工事なかるべし」として城郭であることを主張したのに対し、喜田貞吉が神社を取り囲む聖域であると反論したことで、神籠石の性格について霊域説と城郭説との論争が展開された。昭和38年(1963)の佐賀県武雄市おつぼ山神籠石の発掘調査で、列石の背後にある版築によって築かれた土塁と、列石の前面に3m間隔で並ぶ堀立柱の痕跡が発見され、山城であることが確定的となった。
北部九州から瀬戸内沿岸にかけて、16箇所が知られる。それぞれの神籠石の差異は大きい。御所ヶ谷のように「最初期形成時代以降にかなりの手が入っていると思われるもの」や、雷山のように「生活域、食料生産域と隔絶し、水の確保が難しく、籠城には向かず、祭祀遺跡との位置関係が特殊であるもの」、おつぼ山のように「稲作農耕地域の小丘陵に設置されているもの」など様々である。現在まで、神籠石が何時頃作られたかも判明しておらず、成立年代は同じであったとしても、これほど様々に状況の違うものを現在的視点から総轄し暫定的に神籠石と総称している可能性もあり、おつぼ山の調査結果は「神籠石の中に山城として使われていたことがあるものもある」ことが確定しただけに過ぎない。生活域に近い神籠石の場合、遺構中からの発掘物が無批判に神籠石の性格を規定できるものではないのも当然である。また、仮にこれらすべてが単純に古代山城であった場合でも、それらが戦略拠点たりえた状況を含めて、そのようなものが西日本の広範な地域に存在していること、現在までほとんど知られていなかったことは、大和王朝成立前後や、その過程の古代史を考える上で非常に重要なはずであるが、現代(21世紀初頭)の歴史研究を取り巻く環境の中で強い興味を持って捉えられることは少ないことから、歴史がどのように形成されていくのかを現代において知る極めて有効な事例であるとの声もある。


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真言宗 大覚寺派 千如寺 大悲王院

2013.03.24 Sun
★所在地
福岡県糸島市雷山626

公式ホームページ

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雷神社

2013.03.24 Sun
★所在地
福岡県糸島市雷山148

雷神社(いかづちじんじゃ)は、雷山(標高955m)の中腹に鎮座する。雷神宮(らいじんぐう)とも呼ばれる。旧社格は県社である。

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★祭神
水火雷電神(瓊々杵尊)
高祖大神(彦火火出見尊)
香椎大神(息長足姫尊)
住吉三神
八幡神の五神

★歴史
古来、女人の参拝を許さなかった。旱(日照り)の年には古くから神面祈祷が行われたという。暦応5年(1342年)5月、九州探題一色範氏からの雨乞い祈祷の催促文や、足利尊氏の庶子、足利直冬が参詣し、雨乞い祈願したのち、降雨があったので歌に斜文を添えて奉納したものが残っている。
「世の末といかで思はん雷のまたあらたなる天が下哉」佐兵衛佐源朝臣直冬
幕府の祈願所として神領も広かった。領主よりの文書も多く残るが今は「大悲王院」に所蔵する。戦国の世に神領の多くは押領されたものの、天平15年(1587年)、筑前領主となった小早川隆景が六石を寄進した。これは秀秋の時に没収された。のちに黒田忠之、黒田継高からの寄進により二十六石に回復した。
境内に天然記念物の千年杉や樟の大木がある。

★倭国発祥地!?
古事記・日本書記記述の「筑紫の日向の橘の小戸のあわぎ原」で誕生された神々及び歴代天皇皇后を祭神とする神社が福岡市から糸島市にかけて存在する。イザナギ尊「鷲尾愛宕神社」、イザナミ尊「飯盛神社」、住吉三神「姪浜住吉神社」、志賀三神「志賀海神社」、警固三神「警固神社」、天照大御神「小戸大神宮」、天忍穂耳尊「鷲尾愛宕神社」、栲幡千々姫命「小戸大神宮」、ニニギ尊「雷神社」、木花開耶姫「細石神社」、彦火火出見尊「高祖神社」、豊玉姫「志登神社」、ウガヤフキアエズ尊「産宮神社」、玉依姫「寶満神社」、磐余彦こと神武天皇「可也神社」です。

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高祖神社

2013.03.20 Wed
★所在地
福岡県糸島市高祖1578

高祖山(標高416m)南西麓に鎮座しています。社号標の立つ参道入口から神社までは約400m、広大な社地を有する神社。

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★祭神
彦火火出見尊「日向二代目」
玉依姫尊
神功皇后

★歴史
高祖神社は彦火々出見尊を主座に、左座に玉依姫命、右座に息長足比女命の三柱をお祀りする神社で、いま創建の時を詳かに出来ないが、九州諸将軍記には「神代より鎮座あり神功皇后、三韓より凱旋の後、当社の社殿を乾の方に向け御建立」と記されている。この機縁で神功皇后を相殿にお祀りしたと伝えている。当社は、古代から怡土郡の惣社(中世には怡土庄一の宮)と崇敬される神社で、三代実録には、いまから千百五年前の元慶元年九月二十五日発亥「正六位高礒比賣神に従五位下を授く」と記されている。この高礒比売神とは高祖神社のことで、相殿に玉依姫命、息長足比売命をお祀りしてあるので、このように呼ばれたと語り伝えている。明治五年十一月怡土郡郷社、大正四年十一月神饌幣帛料供進社、大正十五年六月二十九日県社昇格、昭和二十八年七月二十日、域外境内社としてクヌギ幸神社、庚申社、浦方天神社を含め宗教法人高祖神社を設立し、地元の人々の崇敬を集めている。また境内神社として伊弉諾神社・思兼神社・農業、特に畜産農家の信仰厚い徳満神社の三社がある。
「九州諸将軍記」には「神代より鎮座あり、神功皇后、韓国より帰還ののち、当社の社殿を乾(北西)の方に向け御建立」と記されている。この機縁で神功皇后を相殿に祀ったと記されている。現在の社殿は「怡土城建設時に高祖村の大霜の地から現在地に移された」。旧社殿の場所は今の社殿から西方向約800メートルにある。

★倭国発祥地!?
古事記・日本書記記述の「筑紫の日向の橘の小戸のあわぎ原」で誕生された神々及び歴代天皇皇后を祭神とする神社が福岡市から糸島市にかけて存在する。イザナギ尊「鷲尾愛宕神社」、イザナミ尊「飯盛神社」、住吉三神「姪浜住吉神社」、志賀三神「志賀海神社」、警固三神「警固神社」、天照大御神「小戸大神宮」、天忍穂耳尊「鷲尾愛宕神社」、栲幡千々姫命「小戸大神宮」、ニニギ尊「雷神社」、木花開耶姫「細石神社」、彦火火出見尊「高祖神社」、豊玉姫「志登神社」、ウガヤフキアエズ尊「産宮神社」、玉依姫「寶満神社」、磐余彦こと神武天皇「可也神社」です。

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桜井神社

2013.01.30 Wed
★所在地
福岡県糸島市志摩桜井4227

緑の中にたたずむ荘厳な雰囲気の建物群。
桜井神社から車で3分程の距離にある桜井二見ヶ浦。古くから桜井神社の社地として聖なる場と崇拝されてきました。伊勢の朝日の二見ヶ浦に対して夕日の筑前二見ヶ浦として有名です。

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★祭神
神直日神
大直日神
八十枉津日神
島岡大明神
天照大神
豊受大神

★歴史
寛永9年(1632年)に黒田二代藩主黒田忠之(ただゆき)公によって創建され、筑前国の信仰の拠点でありました。今日でも筑前の守護神として広く崇敬をあつめています。桧皮葺きの屋根が特徴の三間社流造(さんげんやしろながれづくり)の本殿には豪華で美しい極彩色の彫刻が施され、拝殿、楼門(ろうもん)ともに福岡県の文化財に指定されています。本殿の真後ろには「岩戸宮」、参道の左手の石段を登ると、伊勢神宮の内宮と外宮を一体化した神明造り(しんめいづくり)の「桜井大神宮」も。静寂に包まれ神聖な気持ちになれるスポットとして、多くの人が訪れています。


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若宮神社

2013.01.26 Sat
★所在地
福岡県糸島市志摩船越292

★旧名
桜谷神社(さくらたにじんじゃ)

糸島・博多湾一帯には、千代の松原の「千代」、伊都国の王墓とされる平原遺跡の近隣に細石神社の「さざれ石」、細石神社の南側には「井原鑓溝遺跡」や「井原山」など地元の方が「いわら=(いわお)」と呼ぶ地名が点在し、また桜谷神社には苔牟須売神(コケムスメ)が祀られ極めて狭い範囲に「ちよ」 「さざれいし」 「いわら」 「こけむすめ」と、「君が代」の歌詞そのものが神社、地名、祭神の4点セットとして全て揃っていること。
細石神社の祭神は「盤長姫(イワナガヒメ)」と妹の「木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)」、桜谷神社の祭神は「木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)」と「苔牟須売神(コケムスメ)」であるが「盤長姫命(イワナガヒメ)」と妹の「木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)」は日本神話における天孫降臨した瓊瓊杵尊(ニニギノ尊)の妃であり日本の神話とも深く結びついている。

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★祭神
・苔牟須売神(コケムスメ)
・木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)
地元では、苔牟須売神とは「盤長姫命(イワナガヒメ)」の事として伝承されている。

★歴史
糸島郡誌によると、「寛永元年十一月五日、浦の漁人仲西市平の妻に神告ありて、初めて勧請せしという。文政六年再建せり。」とある。

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高祖神社

2013.01.19 Sat
★所在地
福岡県糸島市高祖1578

高祖山(標高416m)南西麓に鎮座しています。社号標の立つ参道入口から神社までは約400m、広大な社地を有する神社。

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★祭神
彦火火出見尊「日向二代目」
玉依姫尊
神功皇后

★歴史
高祖神社は彦火々出見尊を主座に、左座に玉依姫命、右座に息長足比女命の三柱をお祀りする神社で、いま創建の時を詳かに出来ないが、九州諸将軍記には「神代より鎮座あり神功皇后、三韓より凱旋の後、当社の社殿を乾の方に向け御建立」と記されている。この機縁で神功皇后を相殿にお祀りしたと伝えている。当社は、古代から怡土郡の惣社(中世には怡土庄一の宮)と崇敬される神社で、三代実録には、いまから千百五年前の元慶元年九月二十五日発亥「正六位高礒比賣神に従五位下を授く」と記されている。この高礒比売神とは高祖神社のことで、相殿に玉依姫命、息長足比売命をお祀りしてあるので、このように呼ばれたと語り伝えている。明治五年十一月怡土郡郷社、大正四年十一月神饌幣帛料供進社、大正十五年六月二十九日県社昇格、昭和二十八年七月二十日、域外境内社としてクヌギ幸神社、庚申社、浦方天神社を含め宗教法人高祖神社を設立し、地元の人々の崇敬を集めている。また境内神社として伊弉諾神社・思兼神社・農業、特に畜産農家の信仰厚い徳満神社の三社がある。
「九州諸将軍記」には「神代より鎮座あり、神功皇后、韓国より帰還ののち、当社の社殿を乾(北西)の方に向け御建立」と記されている。この機縁で神功皇后を相殿に祀ったと記されている。現在の社殿は「怡土城建設時に高祖村の大霜の地から現在地に移された」。旧社殿の場所は今の社殿から西方向約800メートルにある。

古事記・日本書記記述の「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」で誕生された神々及び歴代天皇皇后を祭神とする神社が福岡市から糸島市にかけて存在する。
「伊弉諾尊/いざなぎのみこと」鷲尾愛宕神社。「伊弉冉尊/いざなみのみこと」飯盛神社、鷲尾愛宕神社。「天照大御神/あまてらすおおみかみ」小戸大神宮。「住吉三神/すみよしさんじん」姪浜住吉神社。「志賀三神/しかさんじん」志賀海神社、姪浜住吉神社。「警固三神/けごさんじん」警固神社。「天忍穂耳命/あみのおしほみみ」鷲尾愛宕神社。「栲幡千々姫命/たくはたちぢひめのみこと」小戸大神宮。「瓊々杵尊/ににぎのみこと」雷神社。「木花開耶姫このはなのさくやびめ」細石神社。「彦火火出見尊/ひこほほでみのみこと」高祖神社。「豊玉姫/とよたまひめ」志登神社。「彦波瀲武盧茲草葺不合尊/ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」産宮神社。「神武天皇/じんむてんのう」可也神社。

九州王朝説

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産宮神社

2013.01.19 Sat
★所在地
福岡県糸島市波多江駅南1-13-1

公式ホームページ

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古事記・日本書記記述の「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」で誕生された神々及び歴代天皇皇后を祭神とする神社が福岡市から糸島市にかけて存在する。
「伊弉諾尊/いざなぎのみこと」鷲尾愛宕神社。「伊弉冉尊/いざなみのみこと」飯盛神社、鷲尾愛宕神社。「天照大御神/あまてらすおおみかみ」小戸大神宮。「住吉三神/すみよしさんじん」姪浜住吉神社。「志賀三神/しかさんじん」志賀海神社、姪浜住吉神社。「警固三神/けごさんじん」警固神社。「天忍穂耳命/あみのおしほみみ」鷲尾愛宕神社。「栲幡千々姫命/たくはたちぢひめのみこと」小戸大神宮。「瓊々杵尊/ににぎのみこと」雷神社。「木花開耶姫このはなのさくやびめ」細石神社。「彦火火出見尊/ひこほほでみのみこと」高祖神社。「豊玉姫/とよたまひめ」志登神社。「彦波瀲武盧茲草葺不合尊/ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」産宮神社。「神武天皇/じんむてんのう」可也神社。

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志登神社

2013.01.19 Sat
★所在地
福岡県糸島市志登82

波多江駅の北北西約1.2kmに鎮座しています。570号線から神社に向かうと田園風景の中に鳥居や玉垣、黒々とした鎮守の杜が見えてきます。

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★祭神
豊玉姫命

☆相殿
和多津見神、息長帯姫命、彦火火出見尊、武内宿禰命

★歴史
弥生時代は、この周辺は、入江が東西から割り込み、伊都国の港を形成していた。祭神は日本神話によれば海神国より帰って、この地に上陸されたという日向二代の妃「豊玉妃」であり、社殿は西方に向かって建ち、昔は海上から参拝するようになっていた。
延喜式神名帳(西暦905年、醍醐天皇の時代)に記載せられた武内社で筑前十九社の一社に列せられた由緒ある古社である。この事は延喜年間にこの地方に於ける最も有力な神社として中央にも認められ、又、志摩郡の総社として郡民一体の崇敬を集めていた。

古事記・日本書記記述の「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」で誕生された神々及び歴代天皇皇后を祭神とする神社が福岡市から糸島市にかけて存在する。
「伊弉諾尊/いざなぎのみこと」鷲尾愛宕神社。「伊弉冉尊/いざなみのみこと」飯盛神社、鷲尾愛宕神社。「天照大御神/あまてらすおおみかみ」小戸大神宮。「住吉三神/すみよしさんじん」姪浜住吉神社。「志賀三神/しかさんじん」志賀海神社、姪浜住吉神社。「警固三神/けごさんじん」警固神社。「天忍穂耳命/あみのおしほみみ」鷲尾愛宕神社。「栲幡千々姫命/たくはたちぢひめのみこと」小戸大神宮。「瓊々杵尊/ににぎのみこと」雷神社。「木花開耶姫このはなのさくやびめ」細石神社。「彦火火出見尊/ひこほほでみのみこと」高祖神社。「豊玉姫/とよたまひめ」志登神社。「彦波瀲武盧茲草葺不合尊/ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」産宮神社。「神武天皇/じんむてんのう」可也神社。

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細石神社

2013.01.12 Sat
★所在地
福岡県糸島市三雲432

古くは佐々禮石神社と表記されていた。祭神は磐長姫と木花開耶姫の姉妹二柱。旧社格は村社。
糸島・博多湾一帯には、千代の松原の「千代」、伊都国の王墓とされる平原遺跡の近隣に細石神社の「さざれ石」、細石神社の南側には「井原鑓溝遺跡」や「井原山」など地元の方が「いわら=(いわお)」と呼ぶ地名が点在し、また桜谷神社には苔牟須売神(コケムスメ)が祀られ極めて狭い範囲に「ちよ」 「さざれいし」 「いわら」 「こけむすめ」と、「君が代」の歌詞そのものが神社、地名、祭神の4点セットとして全て揃っていること。
細石神社の祭神は「盤長姫(イワナガヒメ)」と妹の「木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)」、桜谷神社の祭神は「木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)」と「苔牟須売神(コケムスメ)」であるが「盤長姫命(イワナガヒメ)」と妹の「木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)」は日本神話における天孫降臨した瓊瓊杵尊(ニニギノ尊)の妃であり日本の神話とも深く結びついている。

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★祭神
磐長姫
木花開耶姫

★歴史
元禄8年(1695)の「細石神社御縁起」では天正15年(1587)豊臣秀吉により、神田没収とある。これ以前については、判明していない。
「漢委奴國王」の金印が宝物として伝わっていたが江戸時代に外部に流出したとの伝承がある。

古事記・日本書記記述の「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」で誕生された神々及び歴代天皇皇后を祭神とする神社が福岡市から糸島市にかけて存在する。
「伊弉諾尊/いざなぎのみこと」鷲尾愛宕神社。「伊弉冉尊/いざなみのみこと」飯盛神社、鷲尾愛宕神社。「天照大御神/あまてらすおおみかみ」小戸大神宮。「住吉三神/すみよしさんじん」姪浜住吉神社。「志賀三神/しかさんじん」志賀海神社、姪浜住吉神社。「警固三神/けごさんじん」警固神社。「天忍穂耳命/あみのおしほみみ」鷲尾愛宕神社。「栲幡千々姫命/たくはたちぢひめのみこと」小戸大神宮。「瓊々杵尊/ににぎのみこと」雷神社。「木花開耶姫このはなのさくやびめ」細石神社。「彦火火出見尊/ひこほほでみのみこと」高祖神社。「豊玉姫/とよたまひめ」志登神社。「彦波瀲武盧茲草葺不合尊/ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」産宮神社。「神武天皇/じんむてんのう」可也神社。

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雷神社

2012.12.01 Sat
★所在地
福岡県糸島市雷山148

雷神社(いかづちじんじゃ)は、雷山(標高955m)の中腹に鎮座する。雷神宮(らいじんぐう)とも呼ばれる。旧社格は県社である。
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★概要
水火雷電神(瓊々杵尊)、高祖大神(彦火火出見尊)、香椎大神(息長足姫尊)、住吉三神、八幡神の五神を祀る。祭日は9月16日である。境内神社として、神域内に天満宮、神域外に上宮がある。天満宮には、菅原道真の他、事解男尊、大己貴命、大山祇神、迦具土神も合祀されている。上宮は雷山の頂上付近に鎮座し、瓊々杵尊(中殿)、天神七代(左殿)、地神五代(右殿)を祀る。

★歴史
古来、女人の参拝を許さなかった。旱(日照り)の年には古くから神面祈祷が行われたという。暦応5年(1342年)5月、九州探題一色範氏からの雨乞い祈祷の催促文や、足利尊氏の庶子、足利直冬が参詣し、雨乞い祈願したのち、降雨があったので歌に斜文を添えて奉納したものが残っている。
「世の末といかで思はん雷のまたあらたなる天が下哉」佐兵衛佐源朝臣直冬
幕府の祈願所として神領も広かった。領主よりの文書も多く残るが今は「大悲王院」に所蔵する。戦国の世に神領の多くは押領されたものの、天平15年(1587年)、筑前領主となった小早川隆景が六石を寄進した。これは秀秋の時に没収された。のちに黒田忠之、黒田継高からの寄進により二十六石に回復した。
境内に天然記念物の千年杉や樟の大木がある。

古事記・日本書記記述の「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」で誕生された神々及び歴代天皇皇后を祭神とする神社が福岡市から糸島市にかけて存在する。
「伊弉諾尊/いざなぎのみこと」鷲尾愛宕神社。「伊弉冉尊/いざなみのみこと」飯盛神社、鷲尾愛宕神社。「天照大御神/あまてらすおおみかみ」小戸大神宮。「住吉三神/すみよしさんじん」姪浜住吉神社。「志賀三神/しかさんじん」志賀海神社、姪浜住吉神社。「警固三神/けごさんじん」警固神社。「天忍穂耳命/あみのおしほみみ」鷲尾愛宕神社。「栲幡千々姫命/たくはたちぢひめのみこと」小戸大神宮。「瓊々杵尊/ににぎのみこと」雷神社。「木花開耶姫このはなのさくやびめ」細石神社。「彦火火出見尊/ひこほほでみのみこと」高祖神社。「豊玉姫/とよたまひめ」志登神社。「彦波瀲武盧茲草葺不合尊/ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」産宮神社。「神武天皇/じんむてんのう」可也神社。

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桜井二見ヶ浦

2012.11.17 Sat
【桜井二見ヶ浦】
夫婦岩

★所在地
福岡県糸島市志摩桜井

伊勢の二見浦の朝日に対して夕日の筑前二見ヶ浦として有名で、夏至の頃に夫婦岩の間に沈む夕日の景観はまた格別 です。

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福岡県の名勝「日本の渚100選」「日本の夕日100選」。ここは糸島市の北部に位置し、夫婦岩は海岸から約150mの海中に屹立しています。古くから桜井神社(県の文化財)の社地として神聖の処と崇敬され、毎年5月の大潮の干潮を期して長さ30m重さ1tの大注連縄(おおしめなわ)が張られています。この2つの岩は、高さ11.2mと11.8mで、冬は玄界灘の荒波を砕いて雄大剛壮の観を呈し、春は波穏やかな海中に夫婦の姿を現し、古くは竜宮の入口として親しまれていました。

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桜井神社

2012.11.17 Sat
【桜井神社】

★所在地
福岡県糸島市志摩桜井4227

★祭神
神直日神
大直日神
八十枉津日神
島岡大明神
天照大神
豊受大神

★歴史
寛永9年(1632年)に黒田二代藩主黒田忠之(ただゆき)公によって創建され、筑前国の信仰の拠点でありました。今日でも筑前の守護神として広く崇敬をあつめています。桧皮葺きの屋根が特徴の三間社流造(さんげんやしろながれづくり)の本殿には豪華で美しい極彩色の彫刻が施され、拝殿、楼門(ろうもん)ともに福岡県の文化財に指定されています。本殿の真後ろには「岩戸宮」、参道の左手の石段を登ると、伊勢神宮の内宮と外宮を一体化した神明造り(しんめいづくり)の「桜井大神宮」も。静寂に包まれ神聖な気持ちになれるスポットとして、多くの人が訪れています。

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Theme:神社 | Genre:学問・文化・芸術 |
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