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岡田宮

2016.10.04 Tue
おかだぐう
【岡田宮】
正式には岡田神社。 古事記に神武天皇が東征の折に逗留したと記載されている古社で、天・地・人の三ノ宮を有する。 毎年七月に岡田宮へ奉納する黒崎祇園山笠は北九州の風物詩として有名である。


*所在地
福岡県北九州市八幡西区岡田町1-1


*御祭神
◎中殿(岡田宮)
かむやまといわれひこのみこと(じんむてんのう)
・神日本磐余彦命(神武天皇)
◎右殿(熊手宮)
おおくにぬしのみこと
・大国主命
すくなひこなのみこと
・少彦名命
あがたぬしくまわにのみこと
・県主熊鰐命
◎左殿(八所宮)
たかみむすびのかみ
・高皇産霊神
かみむすびのかみ
・神皇産霊神
たまつめむすびのかみ
・玉留産霊神
いくむすびのかみ
・生産霊神
たるむすびのかみ
・足産霊神
おおみやのめのかみ
・大宮売神
ことしろぬしのかみ
・事代主神
みけつかみ
・御膳神


*御由緒
当宮は古代、崗地方(旧遠賀郡)を治めていた熊族が洞海・菊竹浜(貞元)に祖先神を奉斎した地主神にて、岡田の宮と称し、この地を熊手と号す。神武天皇日向国より東征の途次、当宮に詣り天神地祇の八神(八所神)を奉斎し、この地に留まり給う由「古事記」にあり。
仲哀天皇八年(一九九)、神功皇后、三韓征討の折、崗県主祖・熊鰐の案内で熊手出岬(皇后崎)に到り、当宮に詣り八所神を親祭する由「日本書紀」にあり、これを岡田の三宮と称し「天」「地」「人」の三才を表す。古来当地は北部九州における海陸路(洞海船留、皇后崎津、太宰府官道)の要に位置し、皇室、公家武門、武将等の崇敬篤く、祭礼法度を定め社領18所、末寺9坊と栄えたり。
天慶三年(九四〇)、藤原純友追討の折、追捕使の主将・小野好古、副将・源経基、戦勝祈願の為に当宮に参詣し、三環鈴を奉納す。此の神鈴今も当宮に伝来す。
建久五年(一一九四)、征夷大将軍・源頼朝の御家人・宇都宮上野介重業、平家討伐の功によりて筑前国遠賀・鞍手両郡のうち三千町を賜わり、当宮の祭祀を波多野重満大夫藤原兼直に奉仕せしむ。
永禄二年(一五五九)、大友宗麟の兵火に遭い社殿焼亡するも、永禄八年(一五六五)、麻生上総介元重、社殿を再興せしむ。此れの棟札今に残れり。
慶長一〇年(一六〇五)、黒崎城築城の際に筑前六宿の起点となりて現在地に御遷座され、福岡藩祈祷社・黒崎宿の産土神と定めらる。爾来、藩主はもとより、長崎街道参勤の九州諸大名の崇敬篤く、社殿造営・社参奉幣等多く、又上り下りの文人墨客等数多く参詣せり。
慶応元年(一八六五)三条実美卿、大宰府に流謫の途次、従士・土方久元を伴いて当宮へ参詣し、維新回天の大願成就を祈念し和歌一首を奉納す。

公式ホームページ


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