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光雲神社

2017.04.12 Wed
にしこうえん
【西公園】
全体が丘陵地で展望広場からは博多湾が一望できる。園内は自生のマツ・シイ・カシが茂り、またサクラ・ツツジが植栽された風致公園である。サクラは約3000本あり、日本さくら名所100選に選定される。古くから荒津山ないし荒戸山と呼ばれていた。江戸時代になり、福岡藩によって東照宮が建立されたが、明治になって廃祀されしばらくは荒れるに任されていた。明治6年の太政官布告に基づいて明治14年に公園地「荒津山公園」とされた。明治18年には園地を広げてサクラやカエデを植栽。明治33年に西公園と改めるとともに県の管理となった。大東亜戦争前までは平野国臣・加藤司書・吉岡友愛の3体のブロンズ像があったものの福岡大空襲で破壊され、平野国臣像のみが戦後に再建された。かつては海岸であった公園北側は、荒津地区として昭和45年に埋め立て竣工し、128基の貯油施設を有する石油中継基地として博多港の重要な役割の1つを担う。北側にはまた福岡都市高速が走っている。


てるもじんじゃ
【光雲神社】
旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。筑前福岡藩祖・黒田孝高(龍光院殿)と、その子で初代筑前福岡藩主・黒田長政(興雲院殿)を祀る。社名は両神の法名から光と雲の一字ずつをとったものである。境内には、福岡藩士で黒田二十四騎の一人・母里友信(太兵衛)の銅像があり、銅像下部には母里をモデルとした民謡「黒田節」の歌詞が刻まれている。また、長政が愛用した水牛の兜の像もある。摂社、堅盤神社には、四神として黒田重隆、黒田職隆、黒田忠之、厚姫(黒田継高娘、醍醐冬香許嫁)が祀られている。額は黒田家15代当主、黒田長久の揮毫。


*所在地
福岡県福岡市中央区西公園13-1


*御祭神
くろだよしたか(かんべえ、じょすい)
・黒田孝高(官兵衛、如水)
くろだながまさ
・黒田長政


*御由緒
明和6年(1766)、6代目福岡藩主の黒田継高が、長政を「武威円徳聖照権現」として福岡城二の丸、祈念櫓下に祠を創建し、祀ったのに始まる。 ついで黒田孝高を「水鏡権現」として合祀した。明治4年、廃藩置県により黒田家が東京に移転するにあたって、有志が11代藩主長溥に懇願し、福岡城内の祠堂より小烏吉祥院跡に新たに祠堂を建立した。明治8年に県社に列格した。明治42年に現在地の西公園に再移転、遷座した。この地は元々、2代福岡藩主、黒田忠之が建立した荒戸山東照宮(徳川家康を祀る東照宮を分祀したもの。筑前国続風土記に依れば各地の東照宮に劣らぬ壮麗華麗な社殿群であったと伝わる。)があった。昭和20年に福岡大空襲で全焼。社殿や黒田家所縁の文書や刀剣、御宝物などが焼失。昭和41年にコンクリート作りで再建された。


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